(夏樹はほの暗い、自分の部屋の中で、一枚の紙を片手に
うつむきながら歩いていた。)
(本部の高層ビル、最上階から2番目の部屋は、巨大なビルに似合わず。
小さく。 必要なシンプルな家具だけが置かれている。)
(窓の外からは、街の夜景が美しい。 夏樹は部屋の電気を消していた。)
(唯一の光源は、パソコンの画面だけ。 時々、夏樹の紺色の髪と、
細身のシルエットが、ほのかに浮かんだ。)
トットッ
■夏樹「ふぅ・・、これだけの数の欠片が、今度の街に眠っているんだ。」
トサッ
(ベッドに腰を下ろした。)
■夏樹「静乃さんのデータ分析は、間違いない・・。」
■夏樹「闇化を防げる方法が、早く見つかると良いんだけど。」
(ほのかな光に照らされた顔は、まるで血の気が引いたように
透き通るほど、色白だった。)
(目の前に迫る問題のせいもあったが、生まれつきの低体温が、
このところよけいにひどかった。)
■夏樹「聖が、移動する先の街を決めたなら、
僕も早く、動きたいな。 このデータの状態なら・・。
いつ闇化してもおかしくない。」
■夏樹「・・聖は・・。」
-1-
(夏樹は、立ち上がり窓の外、遠くを見た。)
カチャッ
(窓を開け、ベランダへ足を運ぶ。)
■夏樹「ふぅ。」
サアァッ
(風が、紺色の髪をなでる。)
■夏樹「夜は、少し肌寒いな。」
■夏樹「・・、潮風が来る。」
(目を閉じた。)
■夏樹『風は、次の街、風見市から吹いてる・・。』
■夏樹『聖が、空間をつなぐ結界を創りはじめたんだ。』
(目を開け、微笑んだ。)
■夏樹「今夜は帰りそうにないな。」
■夏樹「千波ちゃんに教えてあげようか。 まだ起きて待っているかも
しれない。」
ピルルルッ ピルルルッ
■夏樹「ん?」
(部屋の中から聞こえる、突然の呼び出し音に、振り返った。)
-2-
■夏樹「・・静乃さんだ。 オフラインにしていたのに、
僕も夜更かしが見つかったかな。」
チャッ
(パソコンに触れ、通信可能にした。)
■静乃[「こんばんは。 夏樹くん。」]
(画面に、明るい笑顔の、静乃が映し出された。)
■夏樹「こんばんは。 静乃さん、真夜中でも元気だね?」
(夏樹も微笑み返した。)
***
■静乃「くすくすくすっ。」
(夏樹を見て、静乃は笑った。)
■静乃「何してるの? 夏樹くん。 彩先生に、ドクターストップかけられてるくせに。」
(静乃はパソコン画面を見ながら、教職員机に座っていた。)
(そこは、真夜中にもかかわらず、煌々と明かりのついた、職員室に見えた。
いくつもの机があるが、そこにいるのは静乃だけだった。)
(肩の長さほどの、明るい茶色の髪が、くせづいて跳ね。
軽やかな印象で。 お気に入りの花柄のスカートが華やかだった。)
***
■夏樹「静乃さんこそ、学校の先生なら、とっくに帰る時間だろう?」
-3-
■静乃[「残念。 ここは職員室とつながった別空間、新しい街、風見市に新設した
FOT分室、よ。」]
■静乃[「今は、君の先生じゃないの。 クラスに転入してくるの、
楽しみにしてるわ。」]
■夏樹「・・何言ってるの。 毎日会ってるし、明日も朝食の時、会うだろう?」
■静乃[「気分が違うでしょ。」]
■夏樹「ふっ、そうだな。」
(夏樹も思わず笑った。)
(パソコン前の椅子に座り、画面を見つめる。)
■夏樹「聖は、結界を創り始めてる。」
■静乃[「ええ。 新しい移転先は、風見市に決まりよ。」]
■静乃[「メンバーには、明日伝える。 国には、もう活動許可を取っているわ。」]
■夏樹「・・データの通りなら・・、これまでのどの街より
多くの欠片が眠っていることになる。」
■夏樹「広域結界を張るつもりかな?」
■静乃[「そうなるわね。 今、晃君と出かけてるわ。」]
■静乃[「風見市の方角へ、少しつながりはじめている。」]
■夏樹「うん。 わかる、風が吹いてるから。」
-4-
***
■静乃「どう? 今度の風は、扱いやすいかしら?」
コクッ
(静乃は、手元のコーヒーを一口飲む。)
■夏樹[「う~ん、戦ってみないとわからない。 潮風は・・、身体にまとったことない。」]
■静乃「そっか、千波ちゃんが海苦手だから、
夏樹くん海に行かないものね。 聖も遊ばせないし。」
***
■夏樹「・・もう子供じゃないんだけどね。 いつまでも、聖の許可ばかり
取っていられないよ。」
■静乃[「あら、総司令官の許可は、メンバーの活動には必須よ。」]
■夏樹「・・僕が言ってるのは、そっちの許可じゃないよ。」
■静乃[「くすくすっ、わかってるわよ。 あの人、親ばかで、過保護だからね。」]
■夏樹「静乃さんからも、言ってくれないかな?
ドクターストップなんて彩さんが言うから、聖が大げさに僕を現場から遠ざけるんだよ。」
■静乃[「あら。 残念、わたしは、ただのFOTオペレーター。
国家生命科学研究所の所長、彩さんへも、国家機密組織、Fragment of Time総司令官、
聖くんへも意見できるほどの立場じゃなくてよ。」]
-5-
■夏樹「冗談・・。」
■静乃[「冗談じゃないわ。 あなたから、お願いしたら? FOT VIP No.3の、雨宮夏樹くん?」]
■夏樹「ふぅ・・、わかった。 もう寝るよ。」
***
■静乃「思ったより、元気そうで良かったわ。
あまり考え込まないで。 君を悩ませたくて、データを横流ししているわけじゃ
ないんだからね。」
■夏樹[「うっ・・、さりげなく、無理を頼んだ事せめてるみたいだ。」]
■静乃「違うわよ。 もう一人、あなたを心配して起きている人がいるの。」
■夏樹[「? 千波ちゃんのこと?」]
■静乃「大丈夫、千波ちゃんなら、もう眠ったわ。 さっきまで、聖くんに差しいれ持って
行くかどうか、ずいぶん悩んでいたみたいだけど。」
■夏樹[「・・、そんなことしたら、不安定な空間の狭間に身体ごともっていかれちゃうよ。」]
■静乃「それくらい好きなの。」
■夏樹[「んん・・。」]
(夏樹は言葉にならないくらい、かすかにうめいた。)
■静乃「なあに?」
***
-6-
■夏樹「別に・・。」
(照れ隠しにうつむいた。)
■夏樹『面とむかって言われると、わけもなく気まずい。』
■夏樹『千波ちゃんが、僕の双子の姉だからか。』
■夏樹『聖のことは、僕らにとって、父親と同じで。 良く知っていて。
どこか敵わないところがあるからかもしれない。』
■静乃[「くすくすくすっ。」]
(画面から、静乃の笑い声が聞こえた。)
■静乃[「シスコン。」]
■夏樹「違う!」
(思わず、声が大きくなる。)
***
■静乃「夏樹くん、眠る前に、あなたの部屋のドアの外を見てね。」
(静乃は、柔らかく微笑んだ。)
***
■夏樹「何?」
■静乃[「あなたが眠るまで、ドアの外で、守っているつもりよ。」]
■静乃[「お休みなさい。 彼にもそう伝えて。」]
-7-
■夏樹「はっ。」
(夏樹はすぐに、ピンときた。)
■静乃[「私の恋人。 あなたのナイトに。」]
プッ
(通信が切れ、パソコンが初期画面に戻った。)
(モニターには、Fの文字を象った鍵のような紋章が写し出され。
鍵の両脇には、赤い翼。 紋章の下には、金色の文字でFOTと刻まれていた。)
■夏樹「Fragment of Time・・。」
(夏樹は思わず、見慣れた言葉をかみしめた。)
(パソコンが置かれた、机の上には、
同じ紋章が描かれた小さなピンバッジが置いてある。)
(ピンバッジには、FOT No.3と刻まれている。)
(おもむろに指先を伸ばし、持ち上げた。
ピンバッジは、夏樹の真っ白な手の中で光った。)
■夏樹『通称、FOT。 時の欠片と呼ばれる、国家機密組織。』
■夏樹『ここは、その本社で。 僕のもう一つの家だった。』
■夏樹「・・僕がオフラインにしていても。 あいつがオンラインなら、
意味ないな。」
■夏樹「ふぅ。」
-8-
キイッ
(椅子から立ち、部屋のドアへ向かった。)
ガチャッ
***
■菖蒲「あっ、夏樹様。」
(目の前には、少し見上げるほど背の高い男性が立っていた。)
■夏樹「菖蒲・・。」
(夏樹は、困ったように微笑んだ。)
(どうやら数時間前からそこに立っていたらしい菖蒲は、気まずい表情を浮かべながらも、
心配そうに夏樹を見つめた。)
(黒い燕尾服に身を包み。 黒いネクタイが夜の灯りに煌めいている。 胸元の
白いハンカチと白手袋。 自然に調和し、金の装飾がほどこされた燕尾服は、一日中着ていたはずだが、整っていた。)
(黒い四角い縁の眼鏡に、サラサラと流れる細い黒髪、長い部分を後ろで縛っていた。)
■菖蒲「・・すみません、眠られるまで・・と思って。」
(見た目とうらはらに、菖蒲の物腰は柔らかい。)
■夏樹「ふぅ。 今日はここに泊まるから、先に屋敷に帰って良いって、言ったのに。」
(一歩踏み出し、廊下の光の中、菖蒲の前に立った。)
■菖蒲「あ・・、はい。」
-9-
(光の下に出た夏樹は、灯りが肌の白さをより明るく照らし。 眩しく見えるほどだ。)
(まるで、夏樹自身から何か、明るい光がその場に発せられているような
気がして、菖蒲はほっとし瞬きした。)
■菖蒲「お邪魔でしたか?」
■夏樹「ったく、それ。」
(白い指が、菖蒲の襟元の赤いピンバッジを指さした。)
■菖蒲「え?」
■夏樹「・・静乃さんに筒抜けだ。」
■菖蒲「はっ・・、すみません!」
(白手袋で、自分のピンバッジに触れ、オンラインのままだと気づいた。)
■夏樹「くすくすっ、良いよ。」
(ピンバッジには、FOT No.0-3と刻まれている。
それは、FOT VIPの専属執事の一人であることを表していた。)
■夏樹「菖蒲、立ってて疲れただろう。 中入る?」
■菖蒲「いいえっ、セキュリティーもありますし。 もう休まれた方が・・。」
■夏樹「そうか。 メンバーまで部屋から閉め出すとは思わないけど、聖がしかけた
セキュリティーだから、信用できない。」
■菖蒲「くすくすっ、そうですね。」
-10-
■菖蒲「空間の狭間に、飛ばされないうちに、私も戻ります。」
■夏樹「うん。」
(2人は同じ歳だったが、菖蒲はいつも夏樹を尊敬していた。)
(しかし、菖蒲に比べ、夏樹の服装があまりに普段着でラフなので、
主人と執事というのも、ちぐはぐに見えた。)
(豪華な赤絨毯が敷かれ、デザイン性に優れたシャンデリアが照らす、
一際高い高層ビルの長廊下は、ティーシャツに上着を簡単に羽織った服装の
ごく普通の高校生がいるとは思えない場所だ。)
(それでも、一際目立つ、白い肌のせいか。 明かりに照らされる、艶のある深い
紺色の髪と、紺色の瞳のせいか。)
(夏樹の持つ、中からの力が、その場をより明るくしていた。)
■夏樹「菖蒲、もし良かったら。 明日僕と、街まで付き合ってくれないか?」
■菖蒲「・・はい?」
(夏樹のもたらした空気に、意識を向けていた菖蒲は、ふと驚いた。)
■菖蒲「街へ、ですか? 新しい街が決まったんですね。」
■夏樹「ああ。 少し手が掛かりそうなんだ。」
■菖蒲「かしこまりました。 もちろんです、どこまでもお供いたします。」
■夏樹「くすっ、ありがとう。」
キイッ
(ドアに手を掛けた。)
-11-
■夏樹「お休み。 菖蒲、静乃さんから伝言だ。」
■夏樹「たまには僕の側にいないで、会いに来てほしいって。」
(菖蒲の頬が、わかりやすく赤くなった。)
■夏樹「くすくすっ。」
(夏樹は微笑みながら、背を向けドアを閉めた。)
バタンッ
■菖蒲「はっ、夏樹様! 嘘ですね。」
カチャンッ
(菖蒲はセキュリティーのかかったドアを見つめかえした。)
-12-
Chapter1
『はじまりの夜』
Fragment of Time・・・時の欠片の道しるべ
シナリオは、Chapterの各場面です。
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