Scenario

Chapter1『はじまりの夜』

(夏樹はほの暗い、自分の部屋の中で、一枚の紙を片手に
うつむきながら歩いていた。)

(本部の高層ビル、最上階から2番目の部屋は、巨大なビルに似合わず。
小さく。 必要なシンプルな家具だけが置かれている。)

(窓の外からは、街の夜景が美しい。 夏樹は部屋の電気を消していた。)

(唯一の光源は、パソコンの画面だけ。 時々、夏樹の紺色の髪と、
細身のシルエットが、ほのかに浮かんだ。)

トットッ

夏樹「ふぅ・・、これだけの数の欠片が、今度の街に眠っているんだ。」

トサッ

(ベッドに腰を下ろした。)

夏樹「静乃さんのデータ分析は、間違いない・・。」

夏樹「闇化を防げる方法が、早く見つかると良いんだけど。」

(ほのかな光に照らされた顔は、まるで血の気が引いたように
透き通るほど、色白だった。)

(目の前に迫る問題のせいもあったが、生まれつきの低体温が、
このところよけいにひどかった。)

夏樹「聖が、移動する先の街を決めたなら、

僕も早く、動きたいな。 このデータの状態なら・・。

いつ闇化してもおかしくない。」

夏樹「・・聖は・・。」

-1-

(夏樹は、立ち上がり窓の外、遠くを見た。)

カチャッ

(窓を開け、ベランダへ足を運ぶ。)

夏樹「ふぅ。」

サアァッ

(風が、紺色の髪をなでる。)

夏樹「夜は、少し肌寒いな。」

夏樹「・・、潮風が来る。」

(目を閉じた。)

夏樹『風は、次の街、風見市から吹いてる・・。』

夏樹『聖が、空間をつなぐ結界を創りはじめたんだ。』

(目を開け、微笑んだ。)

夏樹「今夜は帰りそうにないな。」

夏樹「千波ちゃんに教えてあげようか。 まだ起きて待っているかも

しれない。」

ピルルルッ ピルルルッ

夏樹「ん?」

(部屋の中から聞こえる、突然の呼び出し音に、振り返った。)

-2-

夏樹「・・静乃さんだ。 オフラインにしていたのに、

僕も夜更かしが見つかったかな。」

チャッ

(パソコンに触れ、通信可能にした。)

静乃[「こんばんは。 夏樹くん。」]

(画面に、明るい笑顔の、静乃が映し出された。)

夏樹「こんばんは。 静乃さん、真夜中でも元気だね?」

(夏樹も微笑み返した。)

***

静乃「くすくすくすっ。」

(夏樹を見て、静乃は笑った。)

静乃「何してるの? 夏樹くん。 彩先生に、ドクターストップかけられてるくせに。」

(静乃はパソコン画面を見ながら、教職員机に座っていた。)

(そこは、真夜中にもかかわらず、煌々と明かりのついた、職員室に見えた。
いくつもの机があるが、そこにいるのは静乃だけだった。)

(肩の長さほどの、明るい茶色の髪が、くせづいて跳ね。
軽やかな印象で。 お気に入りの花柄のスカートが華やかだった。)

***

夏樹「静乃さんこそ、学校の先生なら、とっくに帰る時間だろう?」

-3-

静乃[「残念。 ここは職員室とつながった別空間、新しい街、風見市に新設した

FOT分室、よ。」]

静乃[「今は、君の先生じゃないの。 クラスに転入してくるの、

楽しみにしてるわ。」]

夏樹「・・何言ってるの。 毎日会ってるし、明日も朝食の時、会うだろう?」

静乃[「気分が違うでしょ。」]

夏樹「ふっ、そうだな。」

(夏樹も思わず笑った。)

(パソコン前の椅子に座り、画面を見つめる。)

夏樹「聖は、結界を創り始めてる。」

静乃[「ええ。 新しい移転先は、風見市に決まりよ。」]

静乃[「メンバーには、明日伝える。 国には、もう活動許可を取っているわ。」]

夏樹「・・データの通りなら・・、これまでのどの街より

多くの欠片が眠っていることになる。」

夏樹「広域結界を張るつもりかな?」

静乃[「そうなるわね。 今、晃君と出かけてるわ。」]

静乃[「風見市の方角へ、少しつながりはじめている。」]

夏樹「うん。 わかる、風が吹いてるから。」

-4-

***

静乃「どう? 今度の風は、扱いやすいかしら?」

コクッ

(静乃は、手元のコーヒーを一口飲む。)

夏樹[「う~ん、戦ってみないとわからない。 潮風は・・、身体にまとったことない。」]

静乃「そっか、千波ちゃんが海苦手だから、

夏樹くん海に行かないものね。 聖も遊ばせないし。」

***

夏樹「・・もう子供じゃないんだけどね。 いつまでも、聖の許可ばかり

取っていられないよ。」

静乃[「あら、総司令官の許可は、メンバーの活動には必須よ。」]

夏樹「・・僕が言ってるのは、そっちの許可じゃないよ。」

静乃[「くすくすっ、わかってるわよ。 あの人、親ばかで、過保護だからね。」]

夏樹「静乃さんからも、言ってくれないかな?

ドクターストップなんて彩さんが言うから、聖が大げさに僕を現場から遠ざけるんだよ。」

静乃[「あら。 残念、わたしは、ただのFOTオペレーター。

国家生命科学研究所の所長、彩さんへも、国家機密組織、Fragment of Time総司令官、

聖くんへも意見できるほどの立場じゃなくてよ。」]

-5-

夏樹「冗談・・。」

静乃[「冗談じゃないわ。 あなたから、お願いしたら? FOT VIP No.3の、雨宮夏樹くん?」]

夏樹「ふぅ・・、わかった。 もう寝るよ。」

***

静乃「思ったより、元気そうで良かったわ。

あまり考え込まないで。 君を悩ませたくて、データを横流ししているわけじゃ

ないんだからね。」

夏樹[「うっ・・、さりげなく、無理を頼んだ事せめてるみたいだ。」]

静乃「違うわよ。 もう一人、あなたを心配して起きている人がいるの。」

夏樹[「? 千波ちゃんのこと?」]

静乃「大丈夫、千波ちゃんなら、もう眠ったわ。 さっきまで、聖くんに差しいれ持って

行くかどうか、ずいぶん悩んでいたみたいだけど。」

夏樹[「・・、そんなことしたら、不安定な空間の狭間に身体ごともっていかれちゃうよ。」]

静乃「それくらい好きなの。」

夏樹[「んん・・。」]

(夏樹は言葉にならないくらい、かすかにうめいた。)

静乃「なあに?」

***

-6-

夏樹「別に・・。」

(照れ隠しにうつむいた。)

夏樹『面とむかって言われると、わけもなく気まずい。』

夏樹『千波ちゃんが、僕の双子の姉だからか。』

夏樹『聖のことは、僕らにとって、父親と同じで。 良く知っていて。

どこか敵わないところがあるからかもしれない。』

静乃[「くすくすくすっ。」]

(画面から、静乃の笑い声が聞こえた。)

静乃[「シスコン。」]

夏樹「違う!」

(思わず、声が大きくなる。)

***

静乃「夏樹くん、眠る前に、あなたの部屋のドアの外を見てね。」

(静乃は、柔らかく微笑んだ。)

***

夏樹「何?」

静乃[「あなたが眠るまで、ドアの外で、守っているつもりよ。」]

静乃[「お休みなさい。 彼にもそう伝えて。」]

-7-

夏樹「はっ。」

(夏樹はすぐに、ピンときた。)

静乃[「私の恋人。 あなたのナイトに。」]

プッ

(通信が切れ、パソコンが初期画面に戻った。)

(モニターには、Fの文字を象った鍵のような紋章が写し出され。

鍵の両脇には、赤い翼。 紋章の下には、金色の文字でFOTと刻まれていた。)

夏樹「Fragment of Time・・。」

(夏樹は思わず、見慣れた言葉をかみしめた。)

(パソコンが置かれた、机の上には、
同じ紋章が描かれた小さなピンバッジが置いてある。)

(ピンバッジには、FOT No.3と刻まれている。)

(おもむろに指先を伸ばし、持ち上げた。
ピンバッジは、夏樹の真っ白な手の中で光った。)

夏樹『通称、FOT。 時の欠片と呼ばれる、国家機密組織。』

夏樹『ここは、その本社で。 僕のもう一つの家だった。』

夏樹「・・僕がオフラインにしていても。 あいつがオンラインなら、

意味ないな。」

夏樹「ふぅ。」

-8-

キイッ

(椅子から立ち、部屋のドアへ向かった。)

ガチャッ

***

菖蒲「あっ、夏樹様。」

(目の前には、少し見上げるほど背の高い男性が立っていた。)

夏樹「菖蒲・・。」

(夏樹は、困ったように微笑んだ。)

(どうやら数時間前からそこに立っていたらしい菖蒲は、気まずい表情を浮かべながらも、
心配そうに夏樹を見つめた。)

(黒い燕尾服に身を包み。 黒いネクタイが夜の灯りに煌めいている。 胸元の
白いハンカチと白手袋。 自然に調和し、金の装飾がほどこされた燕尾服は、一日中着ていたはずだが、整っていた。)

(黒い四角い縁の眼鏡に、サラサラと流れる細い黒髪、長い部分を後ろで縛っていた。)

菖蒲「・・すみません、眠られるまで・・と思って。」

(見た目とうらはらに、菖蒲の物腰は柔らかい。)

夏樹「ふぅ。 今日はここに泊まるから、先に屋敷に帰って良いって、言ったのに。」

(一歩踏み出し、廊下の光の中、菖蒲の前に立った。)

菖蒲「あ・・、はい。」

-9-

(光の下に出た夏樹は、灯りが肌の白さをより明るく照らし。 眩しく見えるほどだ。)

(まるで、夏樹自身から何か、明るい光がその場に発せられているような
気がして、菖蒲はほっとし瞬きした。)

菖蒲「お邪魔でしたか?」

夏樹「ったく、それ。」

(白い指が、菖蒲の襟元の赤いピンバッジを指さした。)

菖蒲「え?」

夏樹「・・静乃さんに筒抜けだ。」

菖蒲「はっ・・、すみません!」

(白手袋で、自分のピンバッジに触れ、オンラインのままだと気づいた。)

夏樹「くすくすっ、良いよ。」

(ピンバッジには、FOT No.0-3と刻まれている。
それは、FOT VIPの専属執事の一人であることを表していた。)

夏樹「菖蒲、立ってて疲れただろう。 中入る?」

菖蒲「いいえっ、セキュリティーもありますし。 もう休まれた方が・・。」

夏樹「そうか。 メンバーまで部屋から閉め出すとは思わないけど、聖がしかけた

セキュリティーだから、信用できない。」

菖蒲「くすくすっ、そうですね。」

-10-

菖蒲「空間の狭間に、飛ばされないうちに、私も戻ります。」

夏樹「うん。」

(2人は同じ歳だったが、菖蒲はいつも夏樹を尊敬していた。)

(しかし、菖蒲に比べ、夏樹の服装があまりに普段着でラフなので、
主人と執事というのも、ちぐはぐに見えた。)

(豪華な赤絨毯が敷かれ、デザイン性に優れたシャンデリアが照らす、
一際高い高層ビルの長廊下は、ティーシャツに上着を簡単に羽織った服装の
ごく普通の高校生がいるとは思えない場所だ。)

(それでも、一際目立つ、白い肌のせいか。 明かりに照らされる、艶のある深い
紺色の髪と、紺色の瞳のせいか。)

(夏樹の持つ、中からの力が、その場をより明るくしていた。)

夏樹「菖蒲、もし良かったら。 明日僕と、街まで付き合ってくれないか?」

菖蒲「・・はい?」

(夏樹のもたらした空気に、意識を向けていた菖蒲は、ふと驚いた。)

菖蒲「街へ、ですか? 新しい街が決まったんですね。」

夏樹「ああ。 少し手が掛かりそうなんだ。」

菖蒲「かしこまりました。 もちろんです、どこまでもお供いたします。」

夏樹「くすっ、ありがとう。」

キイッ

(ドアに手を掛けた。)

-11-

夏樹「お休み。 菖蒲、静乃さんから伝言だ。」

夏樹「たまには僕の側にいないで、会いに来てほしいって。」

(菖蒲の頬が、わかりやすく赤くなった。)

夏樹「くすくすっ。」

(夏樹は微笑みながら、背を向けドアを閉めた。)

バタンッ

菖蒲「はっ、夏樹様! 嘘ですね。」

カチャンッ

(菖蒲はセキュリティーのかかったドアを見つめかえした。)

-12-









Chapter1
『はじまりの夜』

Fragment of Time・・・時の欠片の道しるべ





シナリオは、Chapterの各場面です。

物語全文はこちらから。

Fragment of Time * 時の欠片の道しるべ

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