Scenario

Chapter20『迷子』

***

「ニャァ」

(ひとしきり御馳走になった、小さな黒ネコは。

カフェテラスの円形広場を離れ。

再び、小町通り沿いに、足を運んだ。)

トトトトッ

(小さな黒い身体は。 赤いレンガの歩道を人波を縫って
進む。)

(小町通り脇の路地。
夏樹たちの乗る。 リムジンが止まったすぐ近くで、
ふと足を止めた。)

「ニィッ」

(黒ネコの位置からは、リムジンは見えない。)

(ネコは、別の目的のために。
その場に足を止めたのだ。)

スゥッ

(丁度、ネコが止まった辺りに。
不可思議な。 景色が歪む。

現象が起こった。)

ピチャン・・

(何もない中空に。 水たまりに、投じられた一滴の雫の様に。)

-1-

(煌めく、円形の波紋が現れる。)

ピチャンッ・・

(波紋は次第に大きくなり。
止まったネコの前に。

向こうを透視する。 大きな姿見の鏡が
開いた様に見えた。)

「ニイッ」

(黒ネコは、黄色の瞳で。 目の前に広がる
水面を見つめる。)

(柔らかな毛並みの身体を、
きちんと整え。 正座して待ち。

波紋の向こうを注視した。)

ズッ・・ズズッ・・

(波紋から。
一人の人影が現れた。)

(人影は、ゆっくりと、
手足を水面から出し。 しなやかな足から腰。

胸の形が現れる。)

(深紫色の。 長いマントに身を包むその男性は。)

(最後に、長身の身体を上げ。 まるで、
嵐を抜けて来たかの様に、乱れて四方に伸びる。 青い髪が覆う顔を上げた。)

-2-

フェルゼン「ふぅ・・。」

(冷やかな、吐息が漏れる。)

フェルゼン「・・まだ・・。

この身体は、重すぎる。」

(顔を上げた男性の。

血の通わない顔つきに。

傍で見守っていた黒ネコは、微かに身を引き締めた。)

フェルゼン「くっ・・。

やっかいな処へ。 飛ばしやがって・・。

あの下衆が・・っ。」

(顔を上げた男性の瞳は、血の様に赤く。
苛立つ口元は、不敵に微笑んでいる。)

(乱れて四方に伸びる、青い髪が。 その男性の気性を
表している様だ。)

(男性は、長く、青い前髪の間から。
鋭い、深紅の瞳を煌めかせた。)

フェルゼン「まさか、こんな処にまで・・。

散らばっているとは・・なぁ・・。」

「くっくっくっ・・。」

(青髪を揺らし、血の様に赤い瞳を光らせ。 男性は笑った。)

-3-

「ニャァ」

(微笑みは冷たく。 傍の黒ネコを萎縮させたが。 そのことがかえって、
黒ネコを惹き付けた。)

フェルゼン「・・ここが地上か。」

「まさか、この俺が・・。」

「こんな処へ、足を踏み入れる日が来るとは・・。

思いもしなかった・・。」

「くっくっ・・。 思った通り。」

「汚らしいところだ・・。 なぁ・・。」

「俺が・・汚れる・・。」

「だが・・、仕方がない。」

「目的の為だ。」

(男性の目は、笑ったが。 口元には、不敵な笑みが浮かぶ。)

(見た事もない、深紫色の靴を履く両足が、小町通り赤いレンガの道の上に
降り立つ。)

スゥッ

(しかし、男性の姿は。

映しだした、映像を見ている様に。 薄く。)

(その場に存在していない。)

-4-

(時折通り過ぎる街の人々の
誰にも。 その姿は見えていなかった。)

「ニャァ」

(黒ネコは、透き通る。 男性に近づいた。)

(男性は、黒ネコに気づき、
真っ赤な目を向けた。)

フェルゼン「クロエ・・。」

「地上は楽しいか?」

「俺は・・反吐が出そうだ。」

(男性は、苛立ち、にやりと微笑んだ。)

(足元まである、深紫色のマントの服が、
街の風に揺れ。)

(風は、男性の乱れた青い髪を打つ。)

サァァッ

チリリッ

(街に降り立つその男性が見えるのは、クロエと呼ばれた。
ネコだけだった。)

(風に翻ったマントは。 見た事もない、星座が散りばめられたように
煌めきを放つ。)

(マントの下の。 しなやかな足や、広い胸には。 不思議な銀に光る
鎖の装飾が、連なっていた。)

-5-

チリリッ

(苛立つ男性の動きに合わせ。 鎖は、音を立てた。)

フェルゼン「チッ・・。」

(先程から、いまだ実体を持たない自分の身体にまで届く。
この街の気配が。

許せなかった。)

(自分に触れる風にさえ、なぜか男性は苛立ちを覚えた。)

フェルゼン「来い。」

(男性は、クロエと呼んだ黒ネコに。
片手を差し出す。)

「ニャァ」

(黒ネコは、男性の手に飛び乗ると。
深紫色のマントを翻す。 男性の肩に、駆けあがった。)

ヒュアッ

(肩に飛び乗った黒ネコは、
不思議な黒い煙に包まれた。)

(と、同時に。

舞い上がる黒煙と共に、あっと言う間に
その姿を変え始める。)

ヒュオッ

(黒煙の中。 しなやかに長く、女性の黒髪が、現れる。)

-6-

(流れ出た黒髪は、まるで蜘蛛の糸の様に。
男性の周囲を、覆うように伸び。 形を得る。)

(長く、美しい手足。)

(赤紫色の、不思議に輝く服を着る。 美しい女性が、
姿を現した。)

(女性は、青髪の男性の肩に。
しなやかな長い両腕をかけ。 男性の耳元で、そっと
囁いた。)

クロエ「地上は、なかなか良い処よ。

フェルゼン。」

「食べ物が美味しいから。」

(クロエはそう言って、細く小さな顔を寄せ、
フェルゼンの耳元に。

唇を寄せた。)

クロエ「ふふふっ。」

(微笑むクロエに、赤い瞳が、うざったそうな視線を投げる。)

(クロエが口づけた、側の。 フェルゼンの左の首筋には。
不思議な黒く丸い幾何学模様のマークが彫られていた。)

クロエ「でも、残念。」

「この世界では、まだ私でさえ、

実体を持てない。」

-7-

クロエ「魔力の強い、あなたなら。

到底無理ね。」

(クロエは、フェルゼンから離れ。
透き通る自分の身体を見た。)

(長くしなやかな手に、金の星座が散りばめられた服を身にまとい。
不思議な切り込みがある。 赤紫色の服が。
クロエの豊かな胸や、長く白い脚を美しく見せていた。)

(地面に届くほど長い。 黒髪。
ポニーテールに束ねられ、両脇から流れる髪が
身体に纏わりつく。 蜘蛛の糸の様だ。)

(服のスリットから見える。
美しい左足の付け根に。 フェルゼンの首筋に刻まれているのと同じ、
不思議な黒く丸い、幾何学模様のマークが彫られていた。)

(クロエは、そのことを誇らしく思うように、
しなやかに歩いた。)

クロエ「フェルゼン・・。」

「ここで、あなたの願いが叶うはずね。」

「私は、傍にいるわ。」

(クロエは、小悪魔の様に、小さな唇で微笑んだ。)

フェルゼン「くっくっ。」

(フェルゼンの赤い瞳が、にやりと微笑む。)

クロエ「でも・・、さっきは驚いたわ。」

-8-

(クロエは、美しい黒髪を整えた。)

クロエ「まさか、空間移動中に、誰かに触れられるなんて・・。」

「ねぇ、フェルゼン。

地上にも、空間を操れる人が居るのね?」

「まぁ、私たちと違って・・、地上の中だけを

行き来できる道みたいだったけど。」

(クロエは輝く黒髪をなびかせ、
フェルゼンから離れ、歩き出した。)

***

紫苑「あれ?

クロ?」

(紫苑はふと、いつの間にかテーブルから居なくなっていた
クロを探した。)

紫苑「どこ、行っちゃったのかなぁ?

こんなに遠くまで遊びに来て、

迷子になっちゃったらどうしよう・・。」

(お茶を終えた3人は、緑のパラソル席を離れ、
小町通りを歩き始めた。)

佐織「どうしたの? 紫苑。」

-9-

(カップを片づけに行った佐織とチイが戻り。
何やら、下向きに、屈んでいる紫苑を不思議そうに見つめた。)

紫苑「クロが、居なくなっちゃった。」

「さっきまで居たのに・・。

一人で帰ったのかなぁ。」

(佐織も、長身の身を屈めて見たが。
近くには居ない様だった。)

(起き上がった拍子に、流れる長い髪が、
風に揺れる。)

佐織「大丈夫よ。 野良ネコちゃんなんだから、

自分で帰るわよ。」

チイ「でも、小さかったから。 少し心配ね。」

(チイの丸い穏やかな瞳が、心配そうに通りを見つめた。)

紫苑「わたしちょっと、探してくる!」

「2人は先に帰っていて。」

(紫苑は、2人の返事を待たずに、
一人、茶色い皮鞄を手に走り出した。)

タッタッタッ

佐織「あっ!

ちょおっと、紫苑!

-10-

佐織「待ちなさいようっ。」

(佐織の声の先、遠くなる紫苑の皮鞄に。
走る歩調に合わせ、小さなクマのマスコットが揺れた。)

***

菖蒲「! 美味しいですね。」

(リムジンに戻った菖蒲は、
ストロベリーカフェのお勧めメニューに、舌鼓を打っていた。)

菖蒲「夏樹様も、お食べになれば良かったのに。」

夏樹「僕は良いよ。 ほんとに甘い物好きなんだな。」

(後部座席で、静乃から送られたデータのプリントに目を通し。
夏樹は気が無い風に返事した。)

(甘い香りに、薄目を開けた白が、
迷惑そうに。 美味しそうに食べている菖蒲を見つめた。)

「う~ん・・、見ているだけで~・・。

胸やけしそう~だね~・・。 菖蒲ちゃ~ん・・。」

菖蒲「失礼ですよ! 白さんっ。」

(後部座席を振り返った菖蒲に、
視線を向けた夏樹が、ふと気付いた。)

夏樹「あれ?

菖蒲。 ハンカチは?」

(夏樹は、深い紺色の瞳で見つめ、白い指で、

-11-

菖蒲の胸元を示唆するように。 自分の胸元を指した。)

(いつも目にしているせいで、少しの変化にも気づいてしまったのだ。)

菖蒲「あっ・・、いえ。

その。 隣にいらしたお嬢様が・・。」

(菖蒲がふと、自分の行動を思い返し。 どぎまぎした。)

夏樹「はっ?」

(夏樹が、信じられないという声を出した。)

夏樹「隣にいた・・って、菖蒲・・。」

「むやみに外部と接触したら

いけないんじゃなかったか?」

菖蒲「すっ、すみませんつい・・。

結界の中でしたので・・。」

(菖蒲の言い訳に、白が合いの手を入れた。)

「・・スイーツに~・・夢中~でしたので~・・。」

菖蒲「ちっ、違いますっ!」

(夏樹は、その時。

もう一つ。 その場から無くなっているものに。

気づいた。)

-12-

夏樹「はっ・・。」

「ひよこが居ない。」

(夏樹は、後部座席から菖蒲を掴もうとしていたが。
ふと、動きを止めた。)

(菖蒲が、クレープを買いに行った時から、
静乃の資料を読み始め。

全く注意を払っていなかった。)

夏樹「まずいな・・。

車の外に出ていないだろうか?」

(初めからひよこの効果に期待していなかったので、
気に留めていなかった。)

(夏樹は嫌な予感がして、
車内を見渡し。

白の毛布をはがした。)

「ん~・・寒いよ~・・、夏っちゃ~ん・・。」

夏樹『居ない。』

「ふぅ・・。 大したことは、無いと思うけど。

一応、探して来よう。」

「橘さんが、空間融合機だって言っていた。」

「試作段階だっていうのも、気になるしな。」

-13-

ガチャッ

(夏樹はリムジンのドアを開いた。)

トッ

(スニーカーの足が、小町通りに降り立つ。)

菖蒲「夏樹様、私が行きます。」

(菖蒲は、運転席から振り返った。)

夏樹「ははっ、良いよ。

まだ、食べてるだろう。」

「今度は、交代だ。

少し歩いてくる。」

(夏樹は微笑み、ドアを閉めると。

路地を出て、メイン通りの方へ歩き始めた。)

-14-









Chapter20
『迷子』

Fragment of Time・・・時の欠片の道しるべ





シナリオは、Chapterの各場面です。

物語全文はこちらから。

Fragment of Time * 時の欠片の道しるべ

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