(夏樹は、再び、
意識を集中させ。
小町通りの路地を出た。)
■夏樹『ひよこのことも、気になるけれど。』
『もうすぐ、“闇”が現れても良い頃だ。』
(夏樹は、視線を。
赤レンガの歩道に落とし、探しながら。
通りの人々に、意識を向けた。)
■夏樹『今朝出会った、“闇”の気配は。
とても大きな力を秘めているように思えた。』
「・・ひよこは居ないな。」
「はぁ。 バス停の方へ、行ってみよう。」
(夏樹は、再び歩き始めた。)
***
■紫苑「クロ~っ。」
(紫苑は、明るいベージュ色の髪を
軽やかに揺らし、あたりを見回して。 走ってゆく。)
■紫苑「んもうっ。
置いて帰っちゃうぞ。」
(怒った様子を見せ、立ち止まった茶色いプリーツのスカートが風に揺れる。)
-1-
(夕暮れの風が、髪と頬を撫で。
白いブラウスの胸元、赤い大きなリボンを揺らす。)
サワサワサワッ
■紫苑「あっ!」
(紫苑は、ふいに動いた。
路地横の花壇に気が付いた。)
■紫苑「居たっ。
もう~っ、クロ~。」
(紫苑は、花壇に近づき。
プリーツスカートの膝をつくと。
そっと、生い茂った草を、両手で掻きわけた。)
サワッ
■紫苑「・・ん?」
「あれ・・?」
(紫苑の、茶色い大きな瞳が。
見開く。)
■紫苑「わぁっv
かわいい~♪v」
(屈みこんだ、紫苑の手の先に。
草むらに隠れていたのは。 小さな黄色い、ひよこだった。)
■紫苑「・・きみも迷子?」
-2-
(紫苑は、静かに。
脅かさないよう、小さな黄色いひよこを
両手で拾い上げた。)
■紫苑「かわいい~v
ふかふかだね。」
(ピンクに色づく頬で。
そっと、温かな。 黄色い羽毛に触れた。)
■紫苑「どうしてこんな所にいるのかしら?
ふふっ。 ネコさんに見つかったら大変よ。」
「ああっ!
そうだ、クロを探してるんだった。」
(紫苑は慌てて立ちあがった。)
***
■紫苑「クロ~っ。」
(紫苑の呼び声に、気づいた。)
(クロエが再び、小さな黒ネコの姿に変わり、
フェルゼンから歩き出した時だった。)
サァァッ
(実体を持たない、フェルゼンの身体に。
街並みを抜け。 風が吹く。)
-3-
(風は、フェルゼンの。 半透明の身体にも届き。
深紫色の。 星座が煌めく、長いマントの裾をはためかせる。)
■フェルゼン「くっ・・。」
(乱れて四方に伸びる、青髪の奥。 フェルゼンは、不快な表情を刻み、
血走る、真っ赤な瞳を揺らした。)
■フェルゼン「チッ・・。 うざってぇ・・なぁ・・、こんな身体でも・・、
感覚が残っているのは・・、
くっくっ・・。
俺の感覚が・・。 腐る・・。」
(フェルゼンの瞳は、まるで。
赤い絵の具を流したように。 水分を含み、光り。
冷たく。 奥に潜む、狂気を隠している様だ。)
(時折吹く、街の風に。 フェルゼンの青髪が吹き乱れ。
見え隠れする。 不安定な気性をざわつかせた。)
(鋭い視線を、街行く人々に投げる。)
■フェルゼン『許せるか・・。
こんな処に・・、俺は・・、僅かでも
触れたくない・・。』
(フェルゼンの赤い瞳は。
冷たく、人々を捉えた。)
-4-
■フェルゼン『・・お前の力が・・。 こいつらの側にあると思うだけで・・。
俺は、ぞっとする・・。
とても、耐えられそうにない・・なぁ。』
「くっくっ。 こいつらは・・皆。」
「屑だ・・。」
サァァァッ
(冷たいフェルゼンの視線の先に。)
(流れる、暖かな。 街の風に乗って。
一人の人物が、現れた。)
■フェルゼン「・・・!」
(虚ろな目で、不機嫌に、街並みに目をやっていたフェルゼンの。
血の様に赤く光る瞳に。 飛び込んでくる、一人の人影がある。)
ザワザワザワッ
(ただ、行き過ぎる。 多くの街行く人々の中で。)
(たった一人。 その人だけが。
フェルゼンの瞳を引き付けた。)
■フェルゼン「・・誰だ・・あいつは・・。」
(人波の中で一際目立つ、その人物を、フェルゼンが捉えた。)
(ゆっくりと、街中に現れた。
細身の少年。)
-5-
(普通の高校生だが。
不思議な空気を纏い。 暖かな街の風が、包み込むように。
少年から、流れてくる。)
(風は、まるで少年を守っている様だ。)
■フェルゼン「・・誰だ・・・。」
(一際目立つ、白い肌のせいか。 夕日に照らされる、深い
紺色の髪と、瞳のせいか。)
(暖かなスポットライトの光源と共に、立っているようだ。)
(夏樹の持つ、中からの力が、目の前に現れたその時から、
その場をより明るくしていた。)
■フェルゼン「・・・!」
『雪のように・・透き通る肌・・。』
『夜を映したように、深い紺色の目・・。か・・。』
(フェルゼンは、ちょうど辺りを見ていた夏樹の顔を見た。)
■フェルゼン「くっ! 驚いたな・・っ。
さすが地上だ・・。
胸糞悪いものを思い出させて・・くれやがる・・。」
「どの世界にも・・、似ている奴が
一人くらい・・、居ても可笑しくは無いか・・?」
「それとも・・まだ、地上に居たのか・・?」
-6-
■フェルゼン「まだ・・あいつの前に・・
俺の前に・・現れるのか・・?」
「・・ふざけるな・・。」
(誰にも聞こえない。 フェルゼンの声は。
氷の様に冷たく振動した。)
■フェルゼン「・・消えろ。」
ドクン・・
■フェルゼン「・・道理で、俺の神経が逆撫でられるわけだ・・。」
(深紫色のマントの下。 しなやかな足や、広い胸から、振動の様に。
あふれ出たエネルギーが、鎖の装飾を鳴らし。 音を立てる。)
■フェルゼン「あいつが誰であろうと・・、問題じゃない。」
「・・目障りだ・・。」
ドクン・・
(暖かな、風と夕日に。 夏樹の深い紺色の髪が光り。
真っ白な肌に映える。 深い紺色の瞳が瞬きする。)
(その姿を捉えた、フェルゼンの赤い瞳が。
見開かれ、突如。
深紅の閃光を放った。)
■フェルゼン「・・俺が・・
消してやろうか?」
-7-
ドクン・・!
(乱れた青い髪が、フェルゼンの頬を打つ。
青髪の奥で、深紅の瞳が。 鋭く光った。)
(怒りを通り越す、
憎悪。)
***
(夏樹がバス停へ向かおうと。
路地から、メイン通りへ踏み出した時だった。)
ドクン・・
(何かが、夏樹の足を止めた。)
■夏樹「・・はっ。」
『何だ・・?』
(それは、夏樹が、街中で感じる。 どの視線とも異なっていた。)
(興味深げに、自分に向けられる視線や。
異質なものと捉えられる、国の大臣たちからの視線でもない。)
(夏樹が苦手な、自分をまるで監視しているかのような、
本部の黒服の執事たちの視線でもない。)
ドクン・・
■夏樹「うっ・・。」
(夏樹は思わず、自分の胸元を掴んだ。)
-8-
チリンッ
(ワイシャツの内側で、小さな金属音が鳴る。)
■夏樹「・・はぁっ。」
(夏樹は、深い紺色の瞳を歪めた。
握られた真っ白な手の内側で。 服に隠れて見えない。
首から掛けた、小さな銀の指輪が鳴った。)
■夏樹「・・っ。」
バッ
(夏樹は、自分に向けられる気配を、
振り払うように。
大きく、後ろに振り返った。)
■夏樹『誰だ・・?』
(息を整え、あたりに目を凝らす。)
■夏樹「・・っ。」
『誰かが居る。』
ドクンッ・・
(夏樹は、立ち止まり。
周囲の人々に意識を向けた。)
(しかし、自分に向けられた視線の主は見つからない。)
■夏樹『“闇”とは違う・・
別の、何かが・・。』
-9-
ドクンッ・・
■夏樹『僕を見ている。』
(あまりの威圧感に、夏樹はその場を
動けなかった。)
(まるで、自分だけが、その場に留まり。
街行く、全ての人々が。
夏樹を残し。 素早い時間の流れを通り過ぎていく様だ。)
ザワザワ
(人波に取り残される錯覚と、
強い気配に。
夏樹は目まいを覚えた。)
■夏樹「・・っ。」
ドクンッ・・
(射る様な強い視線が、
夏樹を捉えていた。)
***
■静乃[「周囲に、“闇”の気配を察知しました。」]
[「オート、オペレーションモード作動します。」]
(紫苑の、両手のひらの中で。
小さな黄色いひよこが。 可愛いくちばしを開き。 突然しゃべりだした。)
■紫苑「えっ?」
-10-
(両手に乗る。
柔らかな羽根の、かわいいひよこに。
紫苑は、驚き、近くで覗き込んだ。)
■紫苑「ぴよちゃん・・しゃべれるの?」
「・・女の人の・・声?」
■静乃[「自動、空間結合まで、カウントダウンを開始します。」]
(小さなひよこは。 くちばしをパクパクさせ。
女性の声で、カウントダウンを開始した。)
■紫苑「何の・・カウントダウン?」
(驚いた紫苑は、ひよこを手に。
立ちつくした。)
(明るく長いベージュ色の髪が、ピンク色に染まる頬を包み。
赤い、大きなリボンの下で。 紫苑の胸は高鳴った。)
■静乃[「5秒前・・。」]
***
■夏樹「はっ!」
(その時。 夏樹は、すぐそばで、
“闇”の気配がしていることに初めて気付いた。)
(自分に向けられた、強い視線の気配に遮られ。
“闇”の気配が、側に来るまで。
気づけずにいた。)
-11-
■夏樹「・・可動している・・。」
(夏樹は、左腕にかけた黒い腕時計が。
作動し始めたのを見た。)
■夏樹「僕じゃない。」
ピッ
(恐ろしい不安にかられ、
瞬時に前方を見た。)
(“闇”の気配が流れ出したその場所に。)
(1台のバスが止まり。
扉が開いた。)
ガガッ
(おそらく、今朝見かけた、女性が。
降り立つであろうその場所に。)
(茫然と、立ちつくしている
一人の少女がいる。)
(茶色のプリーツのスカート。
制服に身を包むその少女の手に、
小さな、黄色いひよこが乗っているのを
夏樹は見た。)
■静乃[「4・・。」]
■夏樹「・・!」
『うそだろう・・!』
-12-
(夏樹の嫌な予感は、
的中した。)
■夏樹『だめだっ・・!』
ダッ
(夏樹は、少女に向かって
走り出した。)
ピッ
(自分の腕時計からも聞こえ出した。
カウントダウンの音と共に。)
(鼓動が、大きくなる。)
トクン・・
(街中の風が、
走り出す夏樹の上着を舞い上がらせた。)
***
■菖蒲「はっ・・!」
「白さんっ・・。」
「大変です、夏樹様の自動空間誘導システムが
作動しています。」
(リムジンの運転席のモニター画面で。
夏樹の行き先の、データ変化を追っていた、菖蒲が。)
-13-
(突然の、異変に気付いた。)
(四角い縁取り眼鏡の奥で、真剣な瞳が画面を見つめる。)
■菖蒲「・・いえ・・。
これは、いつもと違いますね。
ひょっとして、ひよこさんの方の反応でしょうか?」
(後部座席で。 毛布から、顔を上げた白が、
映像に切り替わったモニターを指さした。)
(毛布に身を包む白の、
白く流れる髪の奥、うつろな瞳は。 その場の緊張感からは、
かけ離れていたが。)
(眠りかけた白が、顔を上げたことは。
言われなくとも、良くない状況を示していた。)
■白「まずい~よ~・・、菖蒲ちゃ~ん・・。
見てごら~ん・・。 女の子だ・・。」
「女の子が~・・、ぴよちゃんを~・・。
持ってるよ~・・。 どうしよう~ねぇ~・・。」
(白の声は、こんな時でさえ、眠気を誘うようだった。)
■菖蒲「!
追いかけます!」
-14-
■菖蒲「掴まっていて下さい。」
ギギッ
(菖蒲は、白手袋の手で、
素早くギアチェンジし。 リムジンを急発進させた。)
ゴオオッ
■白「うわっ・・・。」
(後部座席で、白が、毛布と一緒に。 動き出した衝撃に、
クッションソファーの上に弾き飛ばされた。)
***
「ニャァ」
(黒ネコは、
紫苑まで、あと数歩のところまで来ていた。)
(そう、遠くない位置に。
乱れる青髪の奥。 赤い瞳を、鋭く光らせる。
フェルゼンがいる。)
(フェルゼンは、ゆっくりと。
身体を、夏樹の走り出す先へ向けた。)
■静乃[「3・・。」]
■フェルゼン「・・消えろ・・。」
トクン・・
(しかし、今は、
-15-
風と走り出した、夏樹のもとに。
フェルゼンの視線は、届かない。)
■夏樹「はぁっ・・!」
ダッ
(走る先。
深い紺色の瞳に見えているのは。
目の前に立つ、少女だけだった。)
ピッ
トクン・・
■紫苑「あっ!」
(突然、目の前に走り込んでくる。
夏樹の姿に、紫苑の明るい茶色の瞳が
大きく見開かれる。)
■紫苑「・・・っ!」
(現れた少年の。 白い肌は、まるで透き通るよう。
流れる深い紺色の髪。
自分に向けられた、大きな、深い紺色の瞳は。
輝き、吸い込まれるように鮮やかだった。)
■紫苑『きれいな目・・。』
-16-
(ほんの数秒の間に。)
(紫苑に触れる、ぎりぎりの距離に、
夏樹は、駆けこんだ。)
ダッ
■静乃[「2・・。」]
(空間が途切れる瞬間。)
(腕をいっぱいまで伸ばし、
紫苑に手を差し出す。)
■夏樹『届いた・・!』
■紫苑「きゃっ・・。」
(紫苑は。 伸ばした手が。 触れるほど近づいた、
色白の少年に驚き、思わず目を閉じた。)
■静乃[「1・・。」]
■夏樹「手をっ・・!」
■紫苑「はっ・・。」
(考えている暇はない。
夏樹の声に、目を開いた紫苑は、
目の前に差し出された。
白い指先に、触れた。)
■夏樹「くっ・・!」
(おぼつかない紫苑の手を、
-17-
夏樹は強く握り直し。
自分の元へ、強く引き寄せた。)
ピーンッ
■静乃[「・・空間結合完了。」]
ゴォォッ
ドオーンッ
***
(風見市、小町通り商店街に。
淡い黄色の光柱がきらきらと煌めき。
すぐに消えたのが見えた。)
(光の柱は、
側にいた、黒ネコを弾き飛ばし。)
(歩を進めようとした、フェルゼンの侵入を拒んだ。)
(新しい闇と共に。
夏樹と紫苑を、別空間へと導いた。)
***
-18-
Chapter21
『道しるべ』
Fragment of Time・・・時の欠片の道しるべ
シナリオは、Chapterの各場面です。
■物語全文はこちらから。
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