■紫苑「ん・・んん・・。」
(紫苑は、周りで聞こえる。
微かな物音に、寝がえりを打った。)
■千波「とりあえず、これで良しっと。
お夕飯は、お弁当持たせようかなぁv」
(千波は、眠る紫苑に背を向け。
夏樹に、何を持たせようかと。
荷造りのチェックをしていた。)
カタッ
(紫苑は、柔らかなベッドの上で目を開けた。)
■紫苑「はっ。」
(かけられた白い布団を握り。
いつの間にか、自分の物とは違う、ポップでカラフルな服に。
袖を通していることに。 ドキッとした紫苑は。)
(上半身を起こし、
ベッドの前で、こちらに背を向けて座っている。
見覚えのある、少しくせづいた髪の人影に。
声をかけた。)
■紫苑「ごっ!
ごめんなさいっ。」
「わたしっ・・。
いつの間にか、眠ってしまったみたいで。」
-1-
■紫苑「助けてもらったのに・・。」
「お礼も言わないで・・。」
(紫苑の声に、
千波は振り返った。)
■千波「あっ!
起きたのねv」
「良かった~v」
「もうそろそろお夕飯の時間だから。
起きなかったら起こそうかと思っていたの。」
(こちらを向いた、千波を見て。
紫苑は目をぱちくりさせた。)
■紫苑『お、女の子・・?』
「あれ?」
『似てるけど・・。
たしか、紺色の髪の・・。』
「男の子だった様な気が・・?」
(千波に借りたポップな服が似合う。
大きな茶色の瞳に、ピンクに色づく頬。 なびく髪は、
腰まで届く長さで。 軽やかだ。)
(両脇の髪が、段違いにカットされ。 小さな頬にかかる様子は
とても可愛らしかった。)
-2-
■千波「ふふ~ん。
夏樹の好みかもv あの子、かわいいタイプの子が好きなの。」
■紫苑「?」
『・・夏樹?』
(紫苑は、ここがどこで。 自分がどうなったのか分からず。
部屋の辺りを見回した。)
■紫苑「・・かわいい部屋。」
(元は、アンティーク調の部屋である室内は。
手作りの小物で飾られていた。)
(レンガの壁に、ポストカードを綴った壁掛け。)
(足元に、可愛らしい模様の。 マスコットの置物。)
(机の上には、小花が一輪。 ガラスの器に生けられていた。)
(カーテンは、野花を思わせる。 温かな模様だった。)
■千波「良かったらお茶をどうぞ。」
「今入れたところだから。」
(千波は、バラのティーポットから、
紫苑に温かな紅茶を注いだ。)
■千波「ここは、わたしの部屋よ。」
「風見市からは、少し離れたところにあるんだけど。」
-3-
■千波「すぐに、帰れるわ。」
「わたしは、千波。
雨宮千波よ。」
「あなたは?」
(千波は、バラ模様のトレイにカップを乗せて。
紫苑に差し出した。)
■紫苑「あ・・、
春日紫苑です。」
(千波は、紫苑の、明るい瞳を見つめた。)
■千波「紫苑ちゃんって言うんだ!」
「かわいい名前ねv」
(紫苑は、紅茶を受け取った。)
■紫苑「・・、ありがとう。」
「あの・・、さっきの。
男の子は・・?」
(千波は、微笑んだ。)
■千波「あれね。 わたしの弟なの。
双子の弟よ。」
(千波の言葉に、紫苑は納得した。)
-4-
■紫苑「へぇっ。 やっぱり。 似てるもの!」
(千波は、紫苑が元気そうなので、安心して微笑んだ。)
■千波「ふふっ。
夏樹~!v」
「紫苑ちゃんが、起きたわよ~っ。」
(千波は、開け放たれた部屋のドアへ向かい。
声を張り上げた。)
トットッ
■夏樹「何?」
(ドアの向こうから現れた人物に。
紫苑は、息を飲んだ。)
■紫苑『あの時・・助けてくれた。』
(細身の男性が、紫苑の前に立った。)
■千波「春日紫苑ちゃんて言うんですってv」
「こっちは、夏樹。
雨宮夏樹よv よろしくねv」
(夏樹の代わりに、千波が互いを自己紹介した。)
(夏樹は、あいさつも構わず、紫苑の顔を覗き込んだ。)
■夏樹「どこか、怪我しなかった?」
-5-
(自分の顔を心配そうに覗き込む、深い紺色の瞳。
白い肌は、まるで、透き通る様。)
(流れる深い紺色の髪は、水滴に濡れていた。)
(気づいた千波が、夏樹に声をかけた。)
■千波「あっ!
髪、早く乾かしなさいよ・・。 さっきも言ったのにっ。」
■夏樹「千波ちゃんが、途中で呼ぶからだろう。」
(シャワーを浴びた事で、不機嫌になっている夏樹が。
タオルを片手に、千波と言い合っている様子を見て。
紫苑は、何だかほっとした。)
■紫苑「良かった。」
「ほんとは・・、夢なんじゃないかと。
思ったの・・。」
「あなたが、あんまり突然。
目の前に現れたから・・。」
「夢だったのかもしれないと思って。」
(千波は笑顔になり、夏樹を後ろから抑え込むと。
紫苑の座るベッドに身を寄せた。)
ギュッ
■夏樹「うわっ。 ちょっと、千波ちゃん・・っ。」
-6-
(千波に押され、急激に近づいた。 紫苑との距離に
夏樹は慌てたが。 千波が後ろから、がっちり夏樹を取り押さえていた。)
■千波「残念だけど。 夢じゃないわよ~v」
■紫苑「////。」
(紫苑の顔は、紅潮した。)
■千波「ちょっと、見てみてv
わたしは好きなんだけど。 すごく綺麗な紺色の目をしてるでしょ?v」
■夏樹「ちょっと・・!
離せってば・・っ。///」
(千波は、紫苑に夏樹を良く見せようと。 夏樹を押しやりながら。
夏樹の顔をひっぱった。)
■紫苑「!///」
(紫苑は、思わず、布団を自分の方に引きよせた。)
■夏樹「痛たっ・・。///」
(千波の掛ける重みに、自分の身体が、
紫苑の上に崩れない様に。 夏樹は両腕で、
背中からの、千波の重さに耐えた。)
■千波「こ~んなに、肌がまっ白でねv」
「冷たいのよ~v」
「触ってみる?」
-7-
(千波は、夏樹の真っ白はほっぺたを指でつついた。)
■夏樹「いい加減に・・してくれっ。」
「腕が・・痛い・・。」
(千波は、夏樹の左腕の怪我のことをすっかり忘れていた。)
■千波「あっ、ごめんごめん~。」
(千波は、夏樹の上から離れた。)
(紫苑ははっとした。)
■紫苑「・・ケガ、大丈夫? 夏樹くん・・。」
「・・わたしのせいで、ごめんなさい。」
(紫苑は、夏樹の半袖のティーシャツの下。 左腕に巻かれた
包帯を見つめた。)
■紫苑「助けてくれて、ありがとう。」
(紫苑は、微笑んだが。)
(夏樹は、表情を固くした。)
■夏樹「・・お礼を言われる様なことじゃないよ。」
「僕らのせいで、大変な目に合ったんだ。」
「・・春日さん。 ・・だっけ。」
「僕の方こそ、巻き込んでごめん。」
-8-
■紫苑「ううん!」
(紫苑は、首を振った。)
(千波は、他人行儀な、夏樹の頬をつねった。)
■千波「固いっ! 固いぞ夏樹v」
「これから、お隣でお世話になるんだから。
仲良くしなくちゃv」
「紫苑ちゃん。 この子、
今夜から、snow dropに暮らすのよ。」
(千波の言葉に、紫苑の顔は輝いた。)
■紫苑『えっ!?』
「本当に?」
■千波「ええv 前から一人暮らしがしてみたかったんだけど。」
「今度の引越しをきっかけに。
急だけどv 実現したってわけねv」
「でも、家事も何にも出来ないから。 わたしも遊びに行くわよv」
(紫苑は、嬉しくてたまらなかった。)
(もっと、千波や、夏樹の事を知りたいし。 友達になりたかった。)
■紫苑「嬉しい!」
-9-
(紫苑は、両手を合わせて喜んだ。)
■千波「良い、夏樹。 これからは、」
「わたしみたく、紫苑ちゃんって、呼びなさいv」
(夏樹は、千波を軽く振り払った。)
■夏樹「呼べるかっ!///」
■紫苑「(くしゅんっ。)」
(紫苑は、突然。 寒気に身震いした。)
■紫苑「・・寒い・・。///」
(千波は、その様子を見て、微笑んだ。)
■千波「くすくすくすっ。
紫苑ちゃんv 夏樹にしばらく、ひっついてたでしょう?」
「冷えちゃったのよ。」
「この子、極端に低体温だから。」
■紫苑「・・へぇ?」
(夏樹の透き通る程蒼白な、顔色を見て。
夏樹に触れていた時の、冷たさを思い出した。)
■千波「紫苑ちゃんて、冷え性?」
■紫苑「え? えっと・・。
そうでもないと、思うんだけど。」
-10-
(千波は微笑んだ。)
■千波「なら良かったv
夏樹のそばに居るとね。 夏場は、ひんやりして気持ちが良いから。
重宝するんだけどね。
冬は、大変なのっv めちゃくちゃ寒いから!」
■紫苑「ふふっ。」
(紫苑は、思わず笑った。)
■夏樹「・・人を・・。
冷却シートみたいに言わないでくれよ。」
(夏樹は、熱心に注意事項を、紫苑に説明しているらしい千波を。
不機嫌そうに。 紺色の瞳でちらりと横目に見た。)
■千波「あら、女の子に冷え性は禁物なの。
わたしだって、冬場は、夏樹の近くに居る時。
ホッカイロ持ってるんだから。」
■紫苑「あははっ。///」
(紫苑は、千波の言葉に思わず笑った。)
■夏樹「・・紫苑さん。
これは、人ごとだと思うだろうけど。
-11-
僕にとっては、笑えない悩みなんだ・・。」
(紫苑は、笑いをこらえ。
それでも夏樹が、自然に。 自分の名前を呼んでくれた事が、
たまらなく嬉しかった。)
■紫苑「ご・・ごめんなさい・・。
笑うつもりじゃ。 ふふっ・・。///」
(千波が、紫苑に追い打ちをかけた。)
■千波「たぶんね。
夏樹がモテないのは。 そのせいよ。」
「多少、性格に問題はあっても。
顔は、そこそこでしょう?」
■夏樹「・・千波ちゃん・・。」
(夏樹は、千波の横で、言葉を無くし話に耳を傾け立っていた。
千波は、そこに夏樹が居ないかの様に、話した。)
■千波「だって、彼女は完全に凍えるわよ。」
「あとね、菖蒲くんの話では。
あ、菖蒲くんっていうのは、
夏樹の執事なんだけどねv」
■紫苑「執事・・?///」
(紫苑はふと、クレープ屋さんで出会った。
-12-
素敵な執事のことを思い出していた。)
■千波「その、菖蒲くんの話では。
夏樹は、人に対して。 時々、近づいてはいけないオーラを発しているらしいから・・。」
コンコンッ
(開いたままのドアをノックする音に。
3人は振り返った。)
■菖蒲「・・お話中すみません。
お車のご用意が出来ました。」
「夏樹様。 紫苑様をお送り致します。」
(ドアの外には、菖蒲が立っていた。)
■紫苑「あっ!」
(黒い燕尾服に身を包み。 黒いネクタイが夜の灯りに煌めいている。
美しい白手袋と、自然に調和した、金の装飾がほどこされた燕尾服。)
(黒い四角い縁の眼鏡に、流れる細い黒髪、長い部分を後ろで縛っていた。)
(見覚えのある執事の姿に、紫苑の頬は嬉しさに明るんだ。)
■紫苑「ああっ。 やっぱり、あの時の。
執事さんだったんですね?」
■菖蒲「お嬢様。
ご無事で何よりでございました。」
-13-
(菖蒲は、丁寧に、紫苑にお辞儀した。)
■紫苑『きゃあ。 佐織ちゃんに、会わせてあげたい。』
■夏樹「行こうか。」
(夏樹は、紫苑に振り返った。)
■紫苑「・・うん。」
(紫苑は、応え。
ベッドから身を起こした。)
トッ
■菖蒲「夏樹様。」
(側による夏樹に、菖蒲は上着を手渡した。)
■夏樹「菖蒲~・・、千波ちゃんに
変な報告するなよ?」
(夏樹は、菖蒲の手から上着を受け取り、
釘を刺した。)
■菖蒲「あ・・、はい・・。
すみません・・つい。」
(タイミング悪く現れてしまった自分に、菖蒲は、苦笑した。)
(部屋を出て行こうとして紫苑は、千波に振り返った。)
■紫苑「千波さん・・。
-14-
この服・・。」
■千波「良かったら借りてv」
■紫苑「ありがとう。」
(紫苑は微笑んだ。)
■千波「紫苑ちゃん。
これ、ごめんね。
汚しちゃって。」
(千波は、手元の紙袋を開いて見せた。)
(紙袋には、埃や。 夏樹の血痕に染まった、
紫苑の制服が入っていた。)
■千波「クリーニングして。
明日の朝には、間に合うように届けるからv」
■紫苑「そんなっ、良いのに!」
(紫苑は、恐縮した。)
■千波「くすくすっ、良いのよv 夏樹の制服も、
一緒に届けるからv」
■紫苑「はい!」
(紫苑は微笑んだ。)
■千波「ふつつかな弟ですがv」
-15-
■千波「よろしくねv」
(明るい笑顔の千波に、紫苑は笑顔で応えた。)
■紫苑「はい! こちらこそっ!」
(明るいベージュ色の髪を大きく揺らし、
紫苑は、千波に。 ぺこりとお辞儀した。)
(2人の様子をドアの外で見守りながら。
夏樹は、複雑そうな顔をした。)
■夏樹「・・何だ、このやり取りは。」
■菖蒲「くすくすっ、何でしょうね?
どこかで、見た事がありますね。 夏樹様。」
バシッ
(夏樹は、無事な右手で、菖蒲の背中を軽く殴った。)
■夏樹「うるさい。」
■菖蒲「くすくすっ。」
(なぜか分からないが。 夏樹の中に、
不思議な。 温かな気持ちが、湧き上がっていた。)
-16-
Chapter29
『ふつつかな』
Fragment of Time・・・時の欠片の道しるべ
シナリオは、Chapterの各場面です。
■物語全文はこちらから。
■Home
Back to main page