Scenario

Chapter29『ふつつかな』

紫苑「ん・・んん・・。」

(紫苑は、周りで聞こえる。
微かな物音に、寝がえりを打った。)

千波「とりあえず、これで良しっと。

お夕飯は、お弁当持たせようかなぁv」

(千波は、眠る紫苑に背を向け。
夏樹に、何を持たせようかと。
荷造りのチェックをしていた。)

カタッ

(紫苑は、柔らかなベッドの上で目を開けた。)

紫苑「はっ。」

(かけられた白い布団を握り。
いつの間にか、自分の物とは違う、ポップでカラフルな服に。
袖を通していることに。 ドキッとした紫苑は。)

(上半身を起こし、
ベッドの前で、こちらに背を向けて座っている。
見覚えのある、少しくせづいた髪の人影に。
声をかけた。)

紫苑「ごっ!

ごめんなさいっ。」

「わたしっ・・。

いつの間にか、眠ってしまったみたいで。」

-1-

紫苑「助けてもらったのに・・。」

「お礼も言わないで・・。」

(紫苑の声に、
千波は振り返った。)

千波「あっ!

起きたのねv」

「良かった~v」

「もうそろそろお夕飯の時間だから。

起きなかったら起こそうかと思っていたの。」

(こちらを向いた、千波を見て。
紫苑は目をぱちくりさせた。)

紫苑『お、女の子・・?』

「あれ?」

『似てるけど・・。

たしか、紺色の髪の・・。』

「男の子だった様な気が・・?」

(千波に借りたポップな服が似合う。
大きな茶色の瞳に、ピンクに色づく頬。 なびく髪は、
腰まで届く長さで。 軽やかだ。)

(両脇の髪が、段違いにカットされ。 小さな頬にかかる様子は
とても可愛らしかった。)

-2-

千波「ふふ~ん。

夏樹の好みかもv あの子、かわいいタイプの子が好きなの。」

紫苑「?」

『・・夏樹?』

(紫苑は、ここがどこで。 自分がどうなったのか分からず。
部屋の辺りを見回した。)

紫苑「・・かわいい部屋。」

(元は、アンティーク調の部屋である室内は。
手作りの小物で飾られていた。)

(レンガの壁に、ポストカードを綴った壁掛け。)

(足元に、可愛らしい模様の。 マスコットの置物。)

(机の上には、小花が一輪。 ガラスの器に生けられていた。)

(カーテンは、野花を思わせる。 温かな模様だった。)

千波「良かったらお茶をどうぞ。」

「今入れたところだから。」

(千波は、バラのティーポットから、
紫苑に温かな紅茶を注いだ。)

千波「ここは、わたしの部屋よ。」

「風見市からは、少し離れたところにあるんだけど。」

-3-

千波「すぐに、帰れるわ。」

「わたしは、千波。

雨宮千波よ。」

「あなたは?」

(千波は、バラ模様のトレイにカップを乗せて。
紫苑に差し出した。)

紫苑「あ・・、

春日紫苑です。」

(千波は、紫苑の、明るい瞳を見つめた。)

千波「紫苑ちゃんって言うんだ!」

「かわいい名前ねv」

(紫苑は、紅茶を受け取った。)

紫苑「・・、ありがとう。」

「あの・・、さっきの。

男の子は・・?」

(千波は、微笑んだ。)

千波「あれね。 わたしの弟なの。

双子の弟よ。」

(千波の言葉に、紫苑は納得した。)

-4-

紫苑「へぇっ。 やっぱり。 似てるもの!」

(千波は、紫苑が元気そうなので、安心して微笑んだ。)

千波「ふふっ。

夏樹~!v」

「紫苑ちゃんが、起きたわよ~っ。」

(千波は、開け放たれた部屋のドアへ向かい。
声を張り上げた。)

トットッ

夏樹「何?」

(ドアの向こうから現れた人物に。
紫苑は、息を飲んだ。)

紫苑『あの時・・助けてくれた。』

(細身の男性が、紫苑の前に立った。)

千波「春日紫苑ちゃんて言うんですってv」

「こっちは、夏樹。

雨宮夏樹よv よろしくねv」

(夏樹の代わりに、千波が互いを自己紹介した。)

(夏樹は、あいさつも構わず、紫苑の顔を覗き込んだ。)

夏樹「どこか、怪我しなかった?」

-5-

(自分の顔を心配そうに覗き込む、深い紺色の瞳。
白い肌は、まるで、透き通る様。)

(流れる深い紺色の髪は、水滴に濡れていた。)

(気づいた千波が、夏樹に声をかけた。)

千波「あっ!

髪、早く乾かしなさいよ・・。 さっきも言ったのにっ。」

夏樹「千波ちゃんが、途中で呼ぶからだろう。」

(シャワーを浴びた事で、不機嫌になっている夏樹が。
タオルを片手に、千波と言い合っている様子を見て。
紫苑は、何だかほっとした。)

紫苑「良かった。」

「ほんとは・・、夢なんじゃないかと。

思ったの・・。」

「あなたが、あんまり突然。

目の前に現れたから・・。」

「夢だったのかもしれないと思って。」

(千波は笑顔になり、夏樹を後ろから抑え込むと。
紫苑の座るベッドに身を寄せた。)

ギュッ

夏樹「うわっ。 ちょっと、千波ちゃん・・っ。」

-6-

(千波に押され、急激に近づいた。 紫苑との距離に
夏樹は慌てたが。 千波が後ろから、がっちり夏樹を取り押さえていた。)

千波「残念だけど。 夢じゃないわよ~v」

紫苑「////。」

(紫苑の顔は、紅潮した。)

千波「ちょっと、見てみてv

わたしは好きなんだけど。 すごく綺麗な紺色の目をしてるでしょ?v」

夏樹「ちょっと・・!

離せってば・・っ。///」

(千波は、紫苑に夏樹を良く見せようと。 夏樹を押しやりながら。
夏樹の顔をひっぱった。)

紫苑「!///」

(紫苑は、思わず、布団を自分の方に引きよせた。)

夏樹「痛たっ・・。///」

(千波の掛ける重みに、自分の身体が、
紫苑の上に崩れない様に。 夏樹は両腕で、
背中からの、千波の重さに耐えた。)

千波「こ~んなに、肌がまっ白でねv」

「冷たいのよ~v」

「触ってみる?」

-7-

(千波は、夏樹の真っ白はほっぺたを指でつついた。)

夏樹「いい加減に・・してくれっ。」

「腕が・・痛い・・。」

(千波は、夏樹の左腕の怪我のことをすっかり忘れていた。)

千波「あっ、ごめんごめん~。」

(千波は、夏樹の上から離れた。)

(紫苑ははっとした。)

紫苑「・・ケガ、大丈夫? 夏樹くん・・。」

「・・わたしのせいで、ごめんなさい。」

(紫苑は、夏樹の半袖のティーシャツの下。 左腕に巻かれた
包帯を見つめた。)

紫苑「助けてくれて、ありがとう。」

(紫苑は、微笑んだが。)

(夏樹は、表情を固くした。)

夏樹「・・お礼を言われる様なことじゃないよ。」

「僕らのせいで、大変な目に合ったんだ。」

「・・春日さん。 ・・だっけ。」

「僕の方こそ、巻き込んでごめん。」

-8-

紫苑「ううん!」

(紫苑は、首を振った。)

(千波は、他人行儀な、夏樹の頬をつねった。)

千波「固いっ! 固いぞ夏樹v」

「これから、お隣でお世話になるんだから。

仲良くしなくちゃv」

「紫苑ちゃん。 この子、

今夜から、snow dropに暮らすのよ。」

(千波の言葉に、紫苑の顔は輝いた。)

紫苑『えっ!?』

「本当に?」

千波「ええv 前から一人暮らしがしてみたかったんだけど。」

「今度の引越しをきっかけに。

急だけどv 実現したってわけねv」

「でも、家事も何にも出来ないから。 わたしも遊びに行くわよv」

(紫苑は、嬉しくてたまらなかった。)

(もっと、千波や、夏樹の事を知りたいし。 友達になりたかった。)

紫苑「嬉しい!」

-9-

(紫苑は、両手を合わせて喜んだ。)

千波「良い、夏樹。 これからは、」

「わたしみたく、紫苑ちゃんって、呼びなさいv」

(夏樹は、千波を軽く振り払った。)

夏樹「呼べるかっ!///」

紫苑「(くしゅんっ。)」

(紫苑は、突然。 寒気に身震いした。)

紫苑「・・寒い・・。///」

(千波は、その様子を見て、微笑んだ。)

千波「くすくすくすっ。

紫苑ちゃんv 夏樹にしばらく、ひっついてたでしょう?」

「冷えちゃったのよ。」

「この子、極端に低体温だから。」

紫苑「・・へぇ?」

(夏樹の透き通る程蒼白な、顔色を見て。
夏樹に触れていた時の、冷たさを思い出した。)

千波「紫苑ちゃんて、冷え性?」

紫苑「え? えっと・・。

そうでもないと、思うんだけど。」

-10-

(千波は微笑んだ。)

千波「なら良かったv

夏樹のそばに居るとね。 夏場は、ひんやりして気持ちが良いから。

重宝するんだけどね。

冬は、大変なのっv めちゃくちゃ寒いから!」

紫苑「ふふっ。」

(紫苑は、思わず笑った。)

夏樹「・・人を・・。

冷却シートみたいに言わないでくれよ。」

(夏樹は、熱心に注意事項を、紫苑に説明しているらしい千波を。
不機嫌そうに。 紺色の瞳でちらりと横目に見た。)

千波「あら、女の子に冷え性は禁物なの。

わたしだって、冬場は、夏樹の近くに居る時。

ホッカイロ持ってるんだから。」

紫苑「あははっ。///」

(紫苑は、千波の言葉に思わず笑った。)

夏樹「・・紫苑さん。

これは、人ごとだと思うだろうけど。

-11-

僕にとっては、笑えない悩みなんだ・・。」

(紫苑は、笑いをこらえ。
それでも夏樹が、自然に。 自分の名前を呼んでくれた事が、
たまらなく嬉しかった。)

紫苑「ご・・ごめんなさい・・。

笑うつもりじゃ。 ふふっ・・。///」

(千波が、紫苑に追い打ちをかけた。)

千波「たぶんね。

夏樹がモテないのは。 そのせいよ。」

「多少、性格に問題はあっても。

顔は、そこそこでしょう?」

夏樹「・・千波ちゃん・・。」

(夏樹は、千波の横で、言葉を無くし話に耳を傾け立っていた。
千波は、そこに夏樹が居ないかの様に、話した。)

千波「だって、彼女は完全に凍えるわよ。」

「あとね、菖蒲くんの話では。

あ、菖蒲くんっていうのは、

夏樹の執事なんだけどねv」

紫苑「執事・・?///」

(紫苑はふと、クレープ屋さんで出会った。

-12-

素敵な執事のことを思い出していた。)

千波「その、菖蒲くんの話では。

夏樹は、人に対して。 時々、近づいてはいけないオーラを発しているらしいから・・。」

コンコンッ

(開いたままのドアをノックする音に。
3人は振り返った。)

菖蒲「・・お話中すみません。

お車のご用意が出来ました。」

「夏樹様。 紫苑様をお送り致します。」

(ドアの外には、菖蒲が立っていた。)

紫苑「あっ!」

(黒い燕尾服に身を包み。 黒いネクタイが夜の灯りに煌めいている。
美しい白手袋と、自然に調和した、金の装飾がほどこされた燕尾服。)

(黒い四角い縁の眼鏡に、流れる細い黒髪、長い部分を後ろで縛っていた。)

(見覚えのある執事の姿に、紫苑の頬は嬉しさに明るんだ。)

紫苑「ああっ。 やっぱり、あの時の。

執事さんだったんですね?」

菖蒲「お嬢様。

ご無事で何よりでございました。」

-13-

(菖蒲は、丁寧に、紫苑にお辞儀した。)

紫苑『きゃあ。 佐織ちゃんに、会わせてあげたい。』

夏樹「行こうか。」

(夏樹は、紫苑に振り返った。)

紫苑「・・うん。」

(紫苑は、応え。
ベッドから身を起こした。)

トッ

菖蒲「夏樹様。」

(側による夏樹に、菖蒲は上着を手渡した。)

夏樹「菖蒲~・・、千波ちゃんに

変な報告するなよ?」

(夏樹は、菖蒲の手から上着を受け取り、
釘を刺した。)

菖蒲「あ・・、はい・・。

すみません・・つい。」

(タイミング悪く現れてしまった自分に、菖蒲は、苦笑した。)

(部屋を出て行こうとして紫苑は、千波に振り返った。)

紫苑「千波さん・・。

-14-

この服・・。」

千波「良かったら借りてv」

紫苑「ありがとう。」

(紫苑は微笑んだ。)

千波「紫苑ちゃん。

これ、ごめんね。

汚しちゃって。」

(千波は、手元の紙袋を開いて見せた。)

(紙袋には、埃や。 夏樹の血痕に染まった、
紫苑の制服が入っていた。)

千波「クリーニングして。

明日の朝には、間に合うように届けるからv」

紫苑「そんなっ、良いのに!」

(紫苑は、恐縮した。)

千波「くすくすっ、良いのよv 夏樹の制服も、

一緒に届けるからv」

紫苑「はい!」

(紫苑は微笑んだ。)

千波「ふつつかな弟ですがv」

-15-

千波「よろしくねv」

(明るい笑顔の千波に、紫苑は笑顔で応えた。)

紫苑「はい! こちらこそっ!」

(明るいベージュ色の髪を大きく揺らし、
紫苑は、千波に。 ぺこりとお辞儀した。)

(2人の様子をドアの外で見守りながら。
夏樹は、複雑そうな顔をした。)

夏樹「・・何だ、このやり取りは。」

菖蒲「くすくすっ、何でしょうね?

どこかで、見た事がありますね。 夏樹様。」

バシッ

(夏樹は、無事な右手で、菖蒲の背中を軽く殴った。)

夏樹「うるさい。」

菖蒲「くすくすっ。」

(なぜか分からないが。 夏樹の中に、
不思議な。 温かな気持ちが、湧き上がっていた。)

-16-









Chapter29
『ふつつかな』

Fragment of Time・・・時の欠片の道しるべ





シナリオは、Chapterの各場面です。

物語全文はこちらから。

Fragment of Time * 時の欠片の道しるべ

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