Scenario

Chapter36『はじまりの夜・ひとひら』

菖蒲「夏樹様。

お待たせ致しました。

《Friend》をお持ち致しました。」

(オレンジ色に染まる二階の玄関を照らす明かりの下で、
菖蒲の黒い燕尾服が煌めいた。)

(夏樹は、玄関先で。
目の前に立つ。 少し背の高い菖蒲を見上げた。)

夏樹「ああ、ありがと。」

(四角い黒縁の眼鏡に、細い黒髪が流れる様子は。
いつもと同じだった。)

(自然に調和した、金の装飾がほどこされた燕尾服は、一日中着ていたが、
整っている。)

夏樹「それが、そうなんだ?」

(夏樹は、菖蒲から受け取ろうと。
一歩外へ出た。)

菖蒲「・・はい。」

(菖蒲の白手袋の手に、小さな金色のジュエリーボックスが、
握られていた。)

夏樹「どれ?」

(菖蒲が、なかなか渡さないので。
夏樹は、玄関ドアにもたれ。 少し菖蒲の側に寄った。)

菖蒲「夏樹様・・。」

-1-

(菖蒲は、小箱を握る白手袋の手に。 僅かに力を込めた。)

夏樹「ん?」

(手の中を見つめていた夏樹が、顔を上げ。
深い紺色の瞳が菖蒲を見た。)

(オレンジ色の街灯を受ける、深い紺色の瞳と、
透き通る白い肌から、その場を包み込む。
温かな光が、発せられているように。 菖蒲は感じた。)

(夏樹を見た途端。
突然。 これを渡してはいけないと思った。)

菖蒲「気をつけてくださいね。」

(小箱は、まだ白手袋の手の中にあった。)

(菖蒲が躊躇している様子に。
夏樹は、両腕を組んで、ため息をついた。)

夏樹「ふぅ・・。 何だよ? 改まって。」

「僕に、渡しに来たんだろう?」

(菖蒲は、黒縁眼鏡の奥で、気まずそうに瞬いた。)

菖蒲「はい。

ですが・・。 ただ。 いえ、その・・。」

夏樹「ははっ。

何だよ?」

-2-

(夏樹は、笑った。)

菖蒲「いえ・・。」

(言葉に出すには、ストレート過ぎて。 菖蒲は何と言って良いか。
分からなかった。)

(言葉に出来ずに、深い紺色の瞳を見つめた。)

菖蒲「・・・。」

『私を置いて、どこかに行ってしまわないで下さい。』

(このバッジを渡す事で、夏樹がどこか、遠くへ行ってしまう気がした。)

夏樹「ははっ。

変な奴だな。 何も心配ないよ。」

「この家は、丸ごと。 聖の結界に、何重にも守られてる。」

「何かあったら、知らせるし。

心配ない。」

(夏樹は、微笑んだ。)

菖蒲「そうですね。」

(菖蒲は、安堵し。
白手袋の手から。 夏樹の、冷たい白い指先に、
金色のジュエリーボックスを渡した。)

トッ

(部屋に戻る夏樹に、菖蒲が声をかけた。)

-3-

菖蒲「夏樹様っ。 あの・・、

私は、どうすれば宜しいでしょうか?」

夏樹「は?」

「そんなの、知らないよ。」

菖蒲「えっ、そんなっ・・。///」

(菖蒲は、慌てた。)

菖蒲「こちらに、控えているわけにも、まいりませんし。」

(何やら困っている菖蒲に、夏樹は微笑んだ。)

夏樹「本部じゃないんだから。

ドアの外に立ってなくて良いんだから。」

「屋敷に戻るか、静乃さんのところに遊びに行けば良いだろう?」

菖蒲「えっ・・。///」

夏樹「お休み。 菖蒲。」

キイッ

バタンッ

(菖蒲は、閉じた二階の玄関ドアを見つめ。
寂しげに背を向けた。)

菖蒲「まるで独り立ちされてしまった様で、何だか寂しいですね。」

-4-

(外階段を下りる。 菖蒲の眼下に、風見市の夜景が。
鮮やかに映った。)

***

夏樹「う~ん。」

「取りあえず、渡さないとな。」

(夏樹は、金のジュエリーボックスを開き、
中を見つめた。)

(そこには、小さなピンバッジが収められ。
赤い片羽根と共に。 Friendの文字が刻まれている。)

パタンッ

夏樹 「ふぅ。 行ってみようか?」

(夏樹はソファーから立ちあがり、
二階の玄関から外へ出た。)

ガチャッ

サァッ・・

(涼しい夜風が、夏樹の白い頬を打ち。
深い紺色の髪を靡かせた。)

トッ

(玄関から出て、
すぐ右隣の棟に、続いている。

隣の玄関を見つめた。)

-5-

夏樹『まだ、起きてるよな。』

(玄関横に、幾つも並ぶ窓から。
部屋の明かりが漏れるのを見て、
夏樹は、ドアベルに指を伸ばした。)

夏樹『いや・・。

待て、でも。 いくら隣だからって、

女の子の部屋だ。』

(ドアには、可愛らしい『SHION』と書かれたプレートか下がっていた。)

夏樹『今日はやめておこう。 明日、学校で会うんだし・・。』

(夏樹は、思い直し。
玄関から、自分の部屋に戻った。)

キイッ

トットッ

(可動式の書棚や、奥にあるベッド。 窓際の机と椅子。
こぢんまりとして居心地の良い部屋を見渡し。

夏樹は部屋を横切り。
ベランダへ続く、突きあたりの窓へ向かった。)

カサッ

(机の上や、床には。
資料がいくつか散らばり。 本部の自室と変わらない様子になっている。)

夏樹「ここに、ボードを持ってくれば良いかな?」

-6-

(左側のソファー横に空いたスペースを見て、
本部で、メモ代わりに使っていたホワイトボードを思い出した。)

夏樹「ほんとに、まさか。」

「こんな形で叶うなんて思わなかった・・。」

(何より違う、その場の空気や。
窓から見える街の景色に、心動かされた。)

ガチャッ

キイッ

(夜の街並みに惹かれ。 金の小箱をジーンズのポケットに仕舞い、窓の外。
ベランダへ出た。)

サァァーッ

夏樹「んんっ。」

(夏樹は、風を吸い込み。
身体を伸ばした。)

夏樹「あっちに海があるんだよな。」

(両腕を手すりに伸ばし。
身を乗り出し、遠く。

夜景へ。 住宅街や繁華街。 ビル群の向こうに。
黒く見える海岸線へ、視線を向けた。)

ザァァーッ

(微かな潮の香りが夏樹に届いた。)

-7-

ガチャッ

キイッ

(すっかり気を抜いていた夏樹は。 自分のすぐ右側、隣のベランダの窓が開く音に、
驚き、振り向いた。)

夏樹「!」

トットッ

(かわいらしいサンダルを履き。 ベランダに現れたのは、紫苑だった。)

紫苑「あっ! 夏樹くん。」

(紫苑は、可愛らしい部屋着に着替えていた。)

(ハチミツ色の優しい素材の部屋着に、小さなリンゴの模様が可愛く。
風呂上がりのピンクに色づく頬に、明るいベージュ色の髪が。
軽やかにふわりと。 夜風になびいた。)

夏樹『・・っ!』

(見て良いのか分からず、夏樹の視線は泳いだが。
紫苑は、気にせず。 ベランダに出していた、小さなアロマキャンドルに火を灯した。)

紫苑「ときどき。

こうやって夜空を見るの。」

(紫苑は、夏樹に向かって微笑んだ。)

紫苑「いろんな事があって、

ドキドキした時とか・・。 とっても、落ちつくでしょう?」

-8-

(夏樹は、足元に。
紫苑が灯した小さなキャンドルから。 ほのかな甘い香りと。
揺れる小さな光が届くのを見つめた。)

夏樹「紫苑さん・・。 今日はいろいろとごめん。」

(紫苑の髪が。
夜風になびき。 夏樹は、深い紺色の瞳で瞬いた。)

夏樹「これを。」

(夏樹は、ポケットから取り出し。
小さなジュエリーボックスを。 隣のベランダに立つ紫苑に差し出した。)

紫苑「なあに?」

(紫苑は、興味深げに、ベランダに身を乗り出した。
低く白い柵越しに、二人は話した。)

夏樹「持っている決まりだから。

渡しておく。」

(夏樹は、一歩紫苑に近づき。
触れられるほど、近づいた。)

紫苑「うっ・・、うん。///」

(間近で見る、深い紺色の瞳は。 まるで吸い込まれそうに煌めき。
透き通る白い肌に。 紫苑の胸は高鳴った。)

夏樹「はい。」

紫苑「ありがとう。」

(小箱を受け取った、紫苑の伸ばした指先は、僅かに夏樹の冷たい手に触れた。)

-9-

パカッ

(小箱の中身を見て、紫苑は微笑んだ。)

紫苑「わぁ、かわいい。 ちっちゃな羽根?」

「大事にするね。」

(大きな茶色の瞳が、幸せそうに輝いた。 紫苑の笑顔に。 夏樹は不思議な、
温かな気持ちに包まれた。)

夏樹「・・ああ・・。」

(明るいベージュ色の髪が、夜風に流れ。
星空の下。
自分を見つめる、茶色の瞳を、夏樹は見た。)

夏樹「・・・っ。」

(紫苑は、楽しそうに笑いながら、今日の出来事を思い出した。)

紫苑「あの、おっきくて、黒い動物・・!

怖かったよね? 夏樹くん。」

夏樹「・・うん。」

(夏樹は、紫苑の側で、相づちをうった。)

紫苑「でも、もっとびっくりしたのは、

聖さん・・?」

「すっごく、キラキラして。 綺麗な人だった~。」

-10-

紫苑「金色の目で・・。///」

(そう言って、傍で笑う紫苑の笑顔に。
夏樹の胸に、温かさが、鼓動の様に湧き起こった。)

トクン・・

トクン・・

(冷たい体温を。 打ち消す様に。)

(静かに。 けれど強く湧き起こるそれは。 夏樹の中に、流れ始めた。)

(それが何なのか、夏樹にはまだ分からなかった。)

夏樹「ははっ。」

(夏樹は、笑った。)

紫苑「それから、“時の欠片”!」

「きれいな宝石みたいだったね・・。」

「きっと、大切なものなの。」

(思いを馳せる紫苑の。 明るいベージュ色の髪を、
海岸から吹く風が。 そっと靡かせる。)

(紫苑は、金の小箱を見つめた。)

夏樹「あれ?」

(紫苑の様子を見つめていた夏樹は、ふと、紫苑の髪に。
一枚の。 ピンク色の花びらが、舞うのを見た。)

夏樹『・・桜・・?』

-11-

夏樹「まさかな。」

(もう一度、瞬きした時には。
花びらは消えていた。)

(目の錯覚に。 夏樹は深い紺色の瞳で瞬きした。)

(紫苑は、手の中の。 金の小箱を見つめて。
夏樹に向き合い。 幸せそうに、微笑んだ。)

紫苑「夏樹くん。 わたし・・。」

「すごくドキドキしたけど・・。」

「今日。」

「わたしは、夏樹くんに出会えて。 嬉しかったよ。」

夏樹『・・!』

(夏樹は、驚き。 紫苑を見つめた。)

夏樹「ありがとう。」

(夏樹は、微笑んだ。)

***

(温かな気持ちに包まれ、
夏樹は、部屋に戻った。)

夏樹「さぁて。 今夜は、もう寝よう。」

キキッ

-12-

カチャン・・

(可動式の書棚を開き、奥のベッドルームに向かう。)

トサッ

夏樹「ふ~・・。」

(柔らかなベッドに腰掛け、横になろうとし。
ベッドルーム側から、書棚の内側の壁を見た時だった。)

夏樹「あっ!」

(夏樹は、途端に、ベッドから腰を上げた。)

夏樹『・・!』

「すごいな・・。 綺麗だ・・。」

(夏樹は、大きな紺色の瞳を見開き。
向こう側からは見えなかった、内側の壁に掛けられているものを見た。)

夏樹「これ・・。」

「・・桜だ・・!」

(夏樹は、思わず立ちあがり。
書棚の内側の壁に掛けられた、一枚の、大きな絵に見入った。)

夏樹「へぇ。」

「・・油絵・・かな?」

(でこぼこした表面は、絵具の後を残していた。)

夏樹「すごい。」

-13-

(ベッドルームから見える、壁面には。 春の香りまでしてきそうな、
大きく満開の桜が、目の前に花開いていた。)

夏樹「紫苑さんが、言ってた。 来年、見れるかもしれない

景色かな?」

「ふふっ。 一足先に見れた。」

(夏樹は、嬉しくなり。 満開の桜の絵に近づいた。)

夏樹「ん・・?」

(夏樹は、絵に近づき。
ふと、右下に、小さく刻まれた。 サインを目にした。)

(青いサインのローマ字を、夏樹は白い指先で触れるほど近くで読みあげた。)

夏樹「R・U・I」

(青い文字は、流れる様な筆記体で、RUIと書かれていた。)

夏樹「ルイ・・。」

「もしかしたら、さっきのひとひらは。

ここから散ったのかもしれない。」

(夏樹は微笑み、心地良い充実感に満たされ、
白いシーツの柔らかなベッドに向かった。)

***

(紫苑は、幸せな気持ちになり。 金の小箱を手に、
部屋に戻った。)

-14-

(先ほどまで読んでいた本の、続きを読もうと。 机に近づいた時。)

カリカリカリッ

(閉めたばかりの窓ガラスから、聞こえる音に。 紫苑はもう一度、

窓を開けた。)

カララッ

(そこには、小さな黒い子ネコがいた。)

「ニャァ」

紫苑「良かった! クロ。

探していたのよっ。」

(紫苑は、明るい部屋の中へ、子ネコを招き入れた。)

紫苑「夏樹くんから、もらっちゃった。」

(紫苑は、赤い片羽根のピンバッジを取り出し。
机の上に、大切に乗せた。)

紫苑「きれいね。

お友達のしるしよね。」

(黒い子ネコは、温かな紫苑の膝の上で、黄色い瞳を
机の上の。 赤い片羽根のピンバッジに向けた。)

-15-









Chapter36
『はじまりの夜・ひとひら』

Fragment of Time・・・時の欠片の道しるべ





シナリオは、Chapterの各場面です。

物語全文はこちらから。

Fragment of Time * 時の欠片の道しるべ

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