Scenario

Chapter56『傍にいる』

ガサッ ガサッ・・

(晃は、電車や、バスを乗り継いだ後。
誰も、すれ違う相手さえ居ない。 山深い田舎道に、辿り着いた。)

(すでに、2時間は歩き。 道は進む度険しくなり、晃の。
艶やかな黒の服に、緑の草の雫と。 青々とした香りを残す。)

「・・はぁ。」

ガサッ ガサッ

(足元の草は。 晃の腰の高さに達するほどで、
傾斜する。 道なき道を見上げる、晃の額に。 汗が光った。)

「そろそろ、踏みつぶしたらまずいな。」

「ここは本来、人が通るべきところじゃない。」

「ふぅ。」

(一呼吸置き。 大きな左手を、目の前に続く。 草道に向け、
ゆっくりとかざした。)

サラサラサラッ

(青々と茂る草は、晃の進む先へ、まるで道を開ける様に左右に分かれ。
進む足元を、開いた。)

「(すぅ・・、はぁ・・。)」

(頭上高くそびえる、緑の巨木と。 その先に青く光る空に、
晃は深呼吸した。)

「ここはまるで、異界との境界だな。」

-1-

「お前たちが、ずっと。 立って居てくれるおかげで。

俺は、やっと通れる。」

「俺以外の奴を、通さないのは。

そいつの為だ。」

「これからも頼む。」

(深い影を作り出す巨木は、ザワザワと揺れ。
晃に答えた。)

「さて、行くか・・。」

「・・ったく。

FOTをやっている方が、まだ気が楽だな。」

(遥か遠く、山頂に待っている試練を思うと。 晃は毎度気が滅入った。)

ザッザッ・・

(開いた草の道を通る。 晃の、左の腰に、FOT No.2と刻まれた。
金文字のピンバッジが光っていた。)

***

「ふぅ・・。」

(山道を登り。
晃は、巨大な、緋色の鳥居の前で、立ち止まった。)

(その場所は、突然現れた。 険しかった山道が嘘の様に。
鳥居から、向こう側は。 切り開かれた、土地が広がっていた。)

-2-

「まるで、ここまで来た者に、敬意を払い。 易々と通そうとしている様に見えるが。」

(鳥居の手前から、晃は開かれた土地の、左右に茂る。 背の高い木々に、
語りかけた。)

「普通の奴なら、ここを通ろうとは思わないだろうな。」

コォォォォー・・

(鳥居の向こうから、この世の物とは思えない。 得体の知れぬ、気配が。
流れ出していた。)

時宗『〈ここを通れば。〉』

『〈二度と戻れなくなる。〉』

『〈それでも、良いなら・・。〉』

『〈わたしに・・、会いに来い。〉』

(“闇”とは違う、悪しきエネルギーが渦巻く向こうから。)

(一際強い。 時宗の波動が、晃の元へ、流れ出た。)

「・・・。 ばかが。」

「亡霊らしく。

少しは大人しくしていろ。」

(言葉と裏腹に、晃の、切れ長の黒い瞳が。
微笑み。 煌めいた。)

トッ・・

(晃は、慎重に。 しかし、笑みを湛えたまま。 一歩、緋色の鳥居の中へ

-3-

踏み出した。)

ゴォォォォッ・・

ドンッ・・!

(晃の、黒い靴が、山門に踏み込んだ途端。)

(切り開かれた土地に見えたその場所は、
一変した。)

ドロドロドロドロッ・・

(まるで、何かが溶けだしたように。 晃が踏み込んだ山門の内側は、
青い空や木々から、赤黒い液体が染み出し、天上から。 土の上に流れ出た。)

(それは、“闇”とは違う圧力で、晃の頭上に。 伸し掛かった。)

ドロッ・・ドロロッ・・

(赤黒い液体は、あっと言う間に。 緋色の鮮やかな鳥居を飲みこみ。
振り向いた、晃の背後で。 漆黒の門へ姿を変えた。)

「ふん。

相変わらず・・。 中は、酷い状態だな。」

「浄化しても、一月でこれか。」

(晃は、姿を現した翡翠の黒い山門に、鮮やかに描かれる。 金の鳳凰の家紋を見つめた。)

「確かに。 荷が重い。」

(家紋から、目を離す瞬間。 早くも、晃のもとに、
襲い掛かる者がいた。)

-4-

ギャギャッ・・

「くっ・・。」

(赤黒く渦巻く周囲に目を凝らし。 寸前で身をかわした。)

『霊感などなくても。

ここが、あの世に近いことが俺にも分かる。』

「何だ・・今のは?」

(晃に牙を向いた、奇妙な声で鳴くその生き物は。 鋭い歯に、ギョロリとした目を持つ。
空を飛ぶ魚に見えた。)

「あいつの友達か?」

『・・霊感が無くて困るのは。

ここに居るやつらの。 どれが良い奴で。 どれが悪霊なのか、

俺には分からないことだ。』

「あいつの知り合いなら、傷つけたらまずい。」

「見た目がグロくても・・。 可愛がっている場合があるからな。」

「・・分からん。 お前か・・それともお前か。」

(晃は、すでに周囲を覆う。 魑魅魍魎たちを、順に指さした。)

(ふわふわと浮かぶ。 赤紫の火の玉。 尖った耳の、小動物。 姿形の曖昧な
者達が、晃をじわりじわりと取り囲んだ。)

(辺りは、仄暗く。 別世界と化した。)

-5-

コォォォォォー・・

「・・まぁ良い。 俺は、通してもらうだけで十分だ。」

ガガガガガッ

ギィエエエエーッ

(相手はそう思っていなかった。
奇妙な生き物たちは、久しぶりに訪れた人間に。 我先にありつこうと、
大きな口を開け。 あるいは、長い爪を伸ばし。 奇怪な鳴き声で、
四方から晃に襲い掛かった。)

『!』

「早く通せ。 死にたいのか?」

バサバサバサバサッ

ザザザザザーッ

(緑の葉と枝が、まるで、花開く様にしなやかに伸び。
晃を、魑魅魍魎から守った。)

(出来るだけ、傷つけずに。 妖魔の類や、霊魂を払いのけようと。 晃は、
伸ばした手の先から、生み出した緑の枝で、妖魔の行き先を遮ったが。)

(無数に集まる生き物は、数え切れず。 晃への攻撃を止めなかった。)

ギャギャギャギャッ

(鋭い牙が、晃に襲いかかった時。)

(晃の視線の先に、一瞬。 キラリと。 光るのが見えた。)

キンッ・・

-6-

(襲い掛かる生き物に、視界を阻まれ。)

(また、その光の動きが、あまりに早く。)

(晃でさえ、視界に捉える事ができなかった。)

(だが、光った先から、妖魔が、散り散りに。 倒れ始めた。)

『!』

キンッ

(煌きは、遠くから、妖魔を切り裂き、次第に。
晃の元へ、近づいてくる。)

『来た。』

キンッ・・ キンッ ザッ・・

キンッ・・ ザバッ・・!

(晃の目に、その者の姿が捉えられないのは、動きが早く。
また、辺りに同化する。 黒色の着物を纏っていたからだ。)

キンッ

ザザザッ・・バサッ・・!

(赤黒く渦巻く周囲に、時折煌めく光は。 縦横に、目にも留まらぬ速さで繰り出される。
刀の煌めきだ。)

「!」

(その者は、一匹の妖魔も取り逃がさず。 全て、切り捨てていた。)

-7-

トッ・・

『あほう・・。 少しは、分別を付けろ。』

(間近に迫ったその者は、小さな霊魂すら逃さず、鋭い太刀筋で切り捨て、
真っ直ぐに。 晃のもとに向かって来た。)

ギギャギャギャギャーッ・・

(最後に残された、一匹の妖魔に、振り上げられた刀は、強い煌めきと共に、
晃の眼前に向けられていた。)

(あっという間に、黒い着物と。
中空にはためく、黒い袴から覗く足先が、迫り。)

ヒュウッ

(振り上げた、日本刀と。 それを握る。 白く細い腕が、
飛び込んでくる。)

ギギャッ・・

ズバッ・・!

「くっ・・。」

(晃は、妖魔と共に、自分の周りの、木々が切られぬ様、
瞬時に、木々を閉ざした。)

ザザッ・・

キンッ・・

「・・うっ。」

「・・仕舞え。 俺も切るつもりか?」

-8-

(守る、木々が消え。 スピードを抑え損ねた刀は。
晃の、喉元のわずか手前で。 ぴたりと止まった。)

時宗『〈わたしに・・、命じるな。〉』

『〈晃。〉』

(漆黒の着物に身を包んだ、少年は。
刀を掴んだまま。 晃に微笑んだ。)

(美しく。 整う黒髪は、艶と似ていた。)

(しかし、笑みを含んだ、艶やかな大きな瞳は。 翡翠色に怪しく輝き。
これまで居た。 どの妖魔よりも、重い気を発していた。)

(まるで、少年の重厚な黒い着物に。 切り捨てた妖魔の怨念が、
染み込んでいるように思えた。)

「“闇”と、妖魔は違うようだな。」

(晃はふと呟いた。)

「俺たちは、“闇”を消せば良いだけだが。 お前は、

今もそうして。 自分の身に受けているのか?」

「因果な仕事だな。」

『あるいは、“闇”にも・・。 浄化が必要なのだろうか。』

キンッ

(少年は、刀を握ったままの左手を。 高い晃の背中にまわした。)

「・・ん。」

-9-

(少年は、黒い着物の袖から、白く細い肘が。
見えるほど強く。 両腕で、晃の背中を抱きしめた。)

時宗『〈時はまだ・・。〉』

『〈お前を癒さないか?〉』

***

キキイッ

(晃は、山門を抜け。

本殿の扉を開いた。)

(幾つも連なる、和の屋敷の。 正面には、重い柱の門があり。
鳳凰を思わせる、翡翠家の家紋が金色に描かれた。 黒い幔幕が張られていた。)

(本殿は、その奥にあった。)

ジャリッ ジャリッ

(晃は白い敷石の上を歩き、先程、山門に残して来た少年のことを思った。)

「あの太刀筋。 黒の着物に描かれた、金の鳳凰。 微かな香の香り、

式神とは。

良く出来た者だな。」

(記憶の中の、幼い頃の時宗と、寸分違わぬ式神に。 晃は、感心し呆れた。)

『性格も似ている。 出来るなら、体調まで模すのはやめろ。 笑えない。』

(少年の手足や、身体はか細く。 どこか病んでいると分かった。)

-10-

(あれ程の剣を繰り出すとは、思えない細腕に。
翡翠の家紋が煌く、漆黒の刀。 それは、翡翠宗家当主の証であり、
黒の着物の。 金の鳳凰の紋は。
当主でしか、着る事の許されない。 特別な物だった。)

「艶に、背負わせたくないのは分かるが。」

「艶は、お前が思うほど。 弱くは無い。」

(晃は、微かに呟き。 数百年と続く、重厚な屋敷の。
大玄関へ足を踏み入れた。)

ジャリッ・・

(顔を上げた晃の前に。
長身の、男性が。 待ち構えていた。)

トッ

(大玄関から、男性は。 笑みを含んだ翡翠色の瞳で。
晃に問い掛けた。)

時宗『〈あの式神は、気に入らないか?〉』

(男性は、どこか、先程の少年の面影を残していた。
整った黒髪。 光る翡翠色の瞳が、晃を見下ろした。)

時宗『〈迎えに来たぞ。〉』

『〈わたしをこれ以上、待たせるな。〉』

(男性の言葉は、その身に纏う、漆黒の着物から発する
重い、怨念を帯び。 晃に届いた。)

「・・冗談も大概にしろ。 お前が言うと。 別の意味で、心底恐ろしく聞こえる。」

-11-

時宗『〈あっはっはっ。〉』

(男性は、笑った。)

時宗『〈上がれ。〉』

『〈艶と、楓が待っている。〉』

(晃は、ため息混じりに、男性の指示に従い。
大玄関へ上がった。)

(並んで歩く、晃の肩の高さに。
男性の、翡翠色の瞳の視線はあった。)

『歩く度、聞こえる。 独特な黒い着物の音。』

『日の光を受ける。 金の家紋の色彩。』

『仄かな香の香り。』

『何より。 隣に立った感覚は、あまりにリアルで。

記憶と同じ角度で、僅かに、俺を見上げる視線が。

俺を揺さぶった。』

(男性は、晃の隣で。
翡翠色の瞳を揺らし、笑った。)

時宗『〈泣くのか?〉』

「・・・っ!」

(絶句した晃に、廊下の向こうから、救いの手がやって来た。)

-12-

「兄様っ! 兄上もっ!」

「早く、来なされっ。」

「楓が、御馳走を用意しておる。」

「兄上はっ、食べなくても良いがの。 我らは腹がすくのじゃ。」

(艶は、華やかな、赤の着物を着ていた。)

「兄様っ、似合うかっ? 兄様は、またまっ黒じゃの。」

(艶は、晃の迷いに答えを出していた。)

(目が覚める様な、艶やかな着物を纏う艶の姿に。 晃は微笑んだ。)

「ああ・・。 良く似合う。」

***

(夕刻まで、4人は、共に過ごした。)

(艶は、うとうととし。 黒い袴姿の男性の、膝の上で、休んでいた。)

「ん・・ん。 わらわは・・もう食べれぬ・・。」

(艶は、寝言を言った。)

「寝言か・・。 はしゃぎ過ぎて、疲れたんだろう。」

(様子を見ていた晃は、そっと呟き。 腰を上げた。)

トッ

「楓。 世話になったな。 俺はこれで、失礼する。」

-13-

「ええ。 お気をつけて。」

(楓は、一本の和蝋燭に、側の灯りから、炎を移した。)

シュウッ・・

(炎は温かに燃え。 晃を、あの世との境界が曖昧なこの屋敷から。
無事に、現実世界に、導いてくれる安心感があった。)

「悪いが、行くぞ。」

(黒い着物を纏う男性は、眠る艶の髪を撫で。
怪しく光る。 翡翠色の瞳を、ゆっくりと、晃に向けた。)

時宗『〈行け。〉』

『〈艶の炎がお前を守る。〉』

「また来る。」

(晃は振り返らなかった。)

時宗『〈じきに、雨が降る。〉』

(男性は、美しい髪を揺らし、格子窓の向こうを
翡翠色の瞳で見上げた。)

時宗『〈雨が消してくれる炎であるならば、〉』

『〈わたしもお前を行かしはしない。〉』

***

ジャリッ ジャリッ

(晃は白い敷石の上を歩き、先程来た道とは、反対に。 本殿からさらに奥へ

-14-

踏み入った。)

コォォォォー・・

(手元の和蝋燭が灯す。 道の先は、緑の茂る。 小道に続いている。)

(その先は、山奥のせいか、夕闇のせいか。 仄暗く。 行き先は、緑の木々と、
暗い空に閉ざされていた。)

(現実世界へ続くとは思えないその道を。 晃は、蝋燭をかざし進んだ。)

『一番怖いのは、お前の式神だ。』

『気を抜けば、命を取られる様な気がするよ。』

(晃は、細道の先で立ち止まり。 艶の炎をかざした。)

ポウッ・・

ポウッ

(その気配に応え。 細道の前方。 左右に、艶の炎を分け、石灯籠が
鮮やかに幾つも灯り。 辺りを、急速に、温かなオレンジ色に包んだ。)

『・・俺が泣くだと。』

『お前の式神に、また馬鹿にされた。』

『・・・。 泣くか、あほう。』

(晃は、左右の石灯籠の間を歩き。 灯りが、晃の、黒い服を映し出した。)

『いい加減、さっさと。 式神も・・連れて行け。』

ポッ・・

-15-

(小さな、一粒の雨粒が。 晃の頬に落ち。 晃は、雨雲を見上げた。)

「雨だな・・。」

(晃は、目的地に着き。 そっと、手元の和蝋燭を、傍の、石段に置いた。)

ポッ ポッ・・

「心配するな。 これは、艶の火だ。 ここは、俺とお前の他。

邪魔者は来ない。」

「・・一月ぶりだな。」

(晃は静かに、語りかけた。)

(黒い髪に、雨粒が。 集まる。)

サーッ・・

(雨は、次第に。 降り始めた。)

***

「兄様の黒服は・・、兄上と同じ・・喪服じゃ。」

(黒い袴姿の男性の、膝の上で、艶は。 目を開け、つぶやいた。)

「本当は、もっと会いに来たいのじゃ。」

「・・FOTが、忙しいからの。」

「それに、やわで不健康なやつもおる・・。」

(男性は、翡翠色の瞳で瞬いた。)

-16-

「それから・・、気になるやつがおるのじゃ・・。 わらわが、

いなければならぬ・・。」

「じゃから・・、まだ宗家を継ぐわけには

いかないのじゃ。」

(艶はそっと、翡翠色の瞳を見上げ。
自分を撫でている、兄の。 黒の着物に触れた。)

「兄上に、会えなくなるからではないぞ。」

(格子窓から、雨音が、届く。)

サァーッ・・

「けして。」

「そうではないぞ・・。」

ザァァーッ

***

ザァァーッ

(強くなった雨が、晃の頬を打った。)

「時宗。」

「・・元気か?」

(晃の、黒い切れ長の瞳に。 大きな雨粒が、冷たく、幾つも。 幾つも流れた。)

(けれど、傍の、石段に置いた、小さな和蝋燭の炎は消えなかった。)

-17-

「今夜は、冷えるだろう。」

バサッ・・

(晃は、濡れるのも気にせず、黒い上着を脱ぐと、
目の前にある時宗と同じ背丈の墓石に、
掛けた。)

「俺が傍にいる。」

***

シュウウウーッ

(同時に、艶の傍らにいた、男性は消えた。)

(艶は、微笑み。 囁いた。)

「わらわも、皆のもとに戻るぞ。」

***

・・トットッ ・・トッ

(雨が降りしきる中、聖の屋敷に戻った晃を。
待っている人がいた。)

ザァーッ・・

(雨の中、自分に傘を差しかける。 その人の声に、
晃は足を止めた。)

時雨「お帰りなさいませ。 晃様。」

「艶様は、すでにお戻りです。」

-18-

「ああ。」

(晃は、全身ずぶ濡れだったが、その人は、今さらながら。
晃を傘の中に入れた。)

「俺を待っていなくて良いと、言っただろう。」

「時雨。」

(顔を上げた時雨の黒い瞳が、繊細な、黒い縁取りの半月形の眼鏡の奥で、神経質そうに
ちらりと光った。)

(時雨の、表情の読めない顔つきと。 黒い燕尾服に施された、金の装飾一つ一つに、
冷たい。 不思議な緊張感が漂う。)

『こんな時雨の顔を見ると、なぜか帰って来たと実感するな。』

(ほっとした晃に、時雨は、冷やかに言った。)

時雨「生きて帰らないのではないかと。 思いましたので。」

ザァーッ・・

「・・俺を心配してくれたのか。 礼を言いたいところだが。

何か言いたげだな。」

(こんな時、菖蒲なら。 タオルでも持ってきて笑いかけるだろうと思いながら。
そんな事はお構いなしに、冷たい視線を投げる。 自分の執事に耳を傾けた。)

時雨「恐れながら・・。」

「晃。

あいつは死んでる。」

-19-

「くっ。

相変わらず、直球だな。」

(晃は、感傷の余韻さえも打ち壊す。 時雨の言葉に苦笑した。)

(時雨は鋭く睨んだ。)

時雨「あれが、ただの墓参りか?」

「あんなところへ行くのは、命知らずな馬鹿だけだ。」

「俺は、お前の執事だ。

俺に、待っているなと言う、お前の気が知れない。」

「生きているやつから、選べ。」

(その言葉に一瞬。 思わず目を見開いた後。 晃は、まだ雨粒が滴る、額に手をやり、
笑いだした。)

「あっはっはっ。」

「もっともだな。」

(時雨は、晃に、深々と頭を下げた。)

時雨「申し訳ございません。 お気を悪くされましたか?」

(晃は微笑んだ。)

「いや、良い。」

「傍にいるのが、お前で良かった。」

-20-

(晃は、時雨から傘を受け取り。 並び雨の中、煙る灯りへ。 白亜の洋館へ向かい。
二人は歩き出した。)

-21-









Chapter56
『傍にいる』

Fragment of Time・・・時の欠片の道しるべ





シナリオは、Chapterの各場面です。

物語全文はこちらから。

Fragment of Time * 時の欠片の道しるべ

SCENARIO

『太陽と月』

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