ガサッ ガサッ・・
(晃は、電車や、バスを乗り継いだ後。
誰も、すれ違う相手さえ居ない。 山深い田舎道に、辿り着いた。)
(すでに、2時間は歩き。 道は進む度険しくなり、晃の。
艶やかな黒の服に、緑の草の雫と。 青々とした香りを残す。)
■晃「・・はぁ。」
ガサッ ガサッ
(足元の草は。 晃の腰の高さに達するほどで、
傾斜する。 道なき道を見上げる、晃の額に。 汗が光った。)
■晃「そろそろ、踏みつぶしたらまずいな。」
「ここは本来、人が通るべきところじゃない。」
「ふぅ。」
(一呼吸置き。 大きな左手を、目の前に続く。 草道に向け、
ゆっくりとかざした。)
サラサラサラッ
(青々と茂る草は、晃の進む先へ、まるで道を開ける様に左右に分かれ。
進む足元を、開いた。)
■晃「(すぅ・・、はぁ・・。)」
(頭上高くそびえる、緑の巨木と。 その先に青く光る空に、
晃は深呼吸した。)
■晃「ここはまるで、異界との境界だな。」
-1-
■晃「お前たちが、ずっと。 立って居てくれるおかげで。
俺は、やっと通れる。」
「俺以外の奴を、通さないのは。
そいつの為だ。」
「これからも頼む。」
(深い影を作り出す巨木は、ザワザワと揺れ。
晃に答えた。)
■晃「さて、行くか・・。」
「・・ったく。
FOTをやっている方が、まだ気が楽だな。」
(遥か遠く、山頂に待っている試練を思うと。 晃は毎度気が滅入った。)
ザッザッ・・
(開いた草の道を通る。 晃の、左の腰に、FOT No.2と刻まれた。
金文字のピンバッジが光っていた。)
***
■晃「ふぅ・・。」
(山道を登り。
晃は、巨大な、緋色の鳥居の前で、立ち止まった。)
(その場所は、突然現れた。 険しかった山道が嘘の様に。
鳥居から、向こう側は。 切り開かれた、土地が広がっていた。)
-2-
■晃「まるで、ここまで来た者に、敬意を払い。 易々と通そうとしている様に見えるが。」
(鳥居の手前から、晃は開かれた土地の、左右に茂る。 背の高い木々に、
語りかけた。)
■晃「普通の奴なら、ここを通ろうとは思わないだろうな。」
コォォォォー・・
(鳥居の向こうから、この世の物とは思えない。 得体の知れぬ、気配が。
流れ出していた。)
■時宗『〈ここを通れば。〉』
『〈二度と戻れなくなる。〉』
『〈それでも、良いなら・・。〉』
『〈わたしに・・、会いに来い。〉』
(“闇”とは違う、悪しきエネルギーが渦巻く向こうから。)
(一際強い。 時宗の波動が、晃の元へ、流れ出た。)
■晃「・・・。 ばかが。」
「亡霊らしく。
少しは大人しくしていろ。」
(言葉と裏腹に、晃の、切れ長の黒い瞳が。
微笑み。 煌めいた。)
トッ・・
(晃は、慎重に。 しかし、笑みを湛えたまま。 一歩、緋色の鳥居の中へ
-3-
踏み出した。)
ゴォォォォッ・・
ドンッ・・!
(晃の、黒い靴が、山門に踏み込んだ途端。)
(切り開かれた土地に見えたその場所は、
一変した。)
ドロドロドロドロッ・・
(まるで、何かが溶けだしたように。 晃が踏み込んだ山門の内側は、
青い空や木々から、赤黒い液体が染み出し、天上から。 土の上に流れ出た。)
(それは、“闇”とは違う圧力で、晃の頭上に。 伸し掛かった。)
ドロッ・・ドロロッ・・
(赤黒い液体は、あっと言う間に。 緋色の鮮やかな鳥居を飲みこみ。
振り向いた、晃の背後で。 漆黒の門へ姿を変えた。)
■晃「ふん。
相変わらず・・。 中は、酷い状態だな。」
「浄化しても、一月でこれか。」
(晃は、姿を現した翡翠の黒い山門に、鮮やかに描かれる。 金の鳳凰の家紋を見つめた。)
■晃「確かに。 荷が重い。」
(家紋から、目を離す瞬間。 早くも、晃のもとに、
襲い掛かる者がいた。)
-4-
ギャギャッ・・
■晃「くっ・・。」
(赤黒く渦巻く周囲に目を凝らし。 寸前で身をかわした。)
■晃『霊感などなくても。
ここが、あの世に近いことが俺にも分かる。』
「何だ・・今のは?」
(晃に牙を向いた、奇妙な声で鳴くその生き物は。 鋭い歯に、ギョロリとした目を持つ。
空を飛ぶ魚に見えた。)
■晃「あいつの友達か?」
『・・霊感が無くて困るのは。
ここに居るやつらの。 どれが良い奴で。 どれが悪霊なのか、
俺には分からないことだ。』
「あいつの知り合いなら、傷つけたらまずい。」
「見た目がグロくても・・。 可愛がっている場合があるからな。」
「・・分からん。 お前か・・それともお前か。」
(晃は、すでに周囲を覆う。 魑魅魍魎たちを、順に指さした。)
(ふわふわと浮かぶ。 赤紫の火の玉。 尖った耳の、小動物。 姿形の曖昧な
者達が、晃をじわりじわりと取り囲んだ。)
(辺りは、仄暗く。 別世界と化した。)
-5-
コォォォォォー・・
■晃「・・まぁ良い。 俺は、通してもらうだけで十分だ。」
ガガガガガッ
ギィエエエエーッ
(相手はそう思っていなかった。
奇妙な生き物たちは、久しぶりに訪れた人間に。 我先にありつこうと、
大きな口を開け。 あるいは、長い爪を伸ばし。 奇怪な鳴き声で、
四方から晃に襲い掛かった。)
■晃『!』
「早く通せ。 死にたいのか?」
バサバサバサバサッ
ザザザザザーッ
(緑の葉と枝が、まるで、花開く様にしなやかに伸び。
晃を、魑魅魍魎から守った。)
(出来るだけ、傷つけずに。 妖魔の類や、霊魂を払いのけようと。 晃は、
伸ばした手の先から、生み出した緑の枝で、妖魔の行き先を遮ったが。)
(無数に集まる生き物は、数え切れず。 晃への攻撃を止めなかった。)
ギャギャギャギャッ
(鋭い牙が、晃に襲いかかった時。)
(晃の視線の先に、一瞬。 キラリと。 光るのが見えた。)
キンッ・・
-6-
(襲い掛かる生き物に、視界を阻まれ。)
(また、その光の動きが、あまりに早く。)
(晃でさえ、視界に捉える事ができなかった。)
(だが、光った先から、妖魔が、散り散りに。 倒れ始めた。)
■晃『!』
キンッ
(煌きは、遠くから、妖魔を切り裂き、次第に。
晃の元へ、近づいてくる。)
■晃『来た。』
キンッ・・ キンッ ザッ・・
キンッ・・ ザバッ・・!
(晃の目に、その者の姿が捉えられないのは、動きが早く。
また、辺りに同化する。 黒色の着物を纏っていたからだ。)
キンッ
ザザザッ・・バサッ・・!
(赤黒く渦巻く周囲に、時折煌めく光は。 縦横に、目にも留まらぬ速さで繰り出される。
刀の煌めきだ。)
■晃「!」
(その者は、一匹の妖魔も取り逃がさず。 全て、切り捨てていた。)
-7-
トッ・・
■晃『あほう・・。 少しは、分別を付けろ。』
(間近に迫ったその者は、小さな霊魂すら逃さず、鋭い太刀筋で切り捨て、
真っ直ぐに。 晃のもとに向かって来た。)
ギギャギャギャギャーッ・・
(最後に残された、一匹の妖魔に、振り上げられた刀は、強い煌めきと共に、
晃の眼前に向けられていた。)
(あっという間に、黒い着物と。
中空にはためく、黒い袴から覗く足先が、迫り。)
ヒュウッ
(振り上げた、日本刀と。 それを握る。 白く細い腕が、
飛び込んでくる。)
ギギャッ・・
ズバッ・・!
■晃「くっ・・。」
(晃は、妖魔と共に、自分の周りの、木々が切られぬ様、
瞬時に、木々を閉ざした。)
ザザッ・・
キンッ・・
■晃「・・うっ。」
「・・仕舞え。 俺も切るつもりか?」
-8-
(守る、木々が消え。 スピードを抑え損ねた刀は。
晃の、喉元のわずか手前で。 ぴたりと止まった。)
■時宗『〈わたしに・・、命じるな。〉』
『〈晃。〉』
(漆黒の着物に身を包んだ、少年は。
刀を掴んだまま。 晃に微笑んだ。)
(美しく。 整う黒髪は、艶と似ていた。)
(しかし、笑みを含んだ、艶やかな大きな瞳は。 翡翠色に怪しく輝き。
これまで居た。 どの妖魔よりも、重い気を発していた。)
(まるで、少年の重厚な黒い着物に。 切り捨てた妖魔の怨念が、
染み込んでいるように思えた。)
■晃「“闇”と、妖魔は違うようだな。」
(晃はふと呟いた。)
■晃「俺たちは、“闇”を消せば良いだけだが。 お前は、
今もそうして。 自分の身に受けているのか?」
「因果な仕事だな。」
『あるいは、“闇”にも・・。 浄化が必要なのだろうか。』
キンッ
(少年は、刀を握ったままの左手を。 高い晃の背中にまわした。)
■晃「・・ん。」
-9-
(少年は、黒い着物の袖から、白く細い肘が。
見えるほど強く。 両腕で、晃の背中を抱きしめた。)
■時宗『〈時はまだ・・。〉』
『〈お前を癒さないか?〉』
***
キキイッ
(晃は、山門を抜け。
本殿の扉を開いた。)
(幾つも連なる、和の屋敷の。 正面には、重い柱の門があり。
鳳凰を思わせる、翡翠家の家紋が金色に描かれた。 黒い幔幕が張られていた。)
(本殿は、その奥にあった。)
ジャリッ ジャリッ
(晃は白い敷石の上を歩き、先程、山門に残して来た少年のことを思った。)
■晃「あの太刀筋。 黒の着物に描かれた、金の鳳凰。 微かな香の香り、
式神とは。
良く出来た者だな。」
(記憶の中の、幼い頃の時宗と、寸分違わぬ式神に。 晃は、感心し呆れた。)
■晃『性格も似ている。 出来るなら、体調まで模すのはやめろ。 笑えない。』
(少年の手足や、身体はか細く。 どこか病んでいると分かった。)
-10-
(あれ程の剣を繰り出すとは、思えない細腕に。
翡翠の家紋が煌く、漆黒の刀。 それは、翡翠宗家当主の証であり、
黒の着物の。 金の鳳凰の紋は。
当主でしか、着る事の許されない。 特別な物だった。)
■晃「艶に、背負わせたくないのは分かるが。」
「艶は、お前が思うほど。 弱くは無い。」
(晃は、微かに呟き。 数百年と続く、重厚な屋敷の。
大玄関へ足を踏み入れた。)
ジャリッ・・
(顔を上げた晃の前に。
長身の、男性が。 待ち構えていた。)
トッ
(大玄関から、男性は。 笑みを含んだ翡翠色の瞳で。
晃に問い掛けた。)
■時宗『〈あの式神は、気に入らないか?〉』
(男性は、どこか、先程の少年の面影を残していた。
整った黒髪。 光る翡翠色の瞳が、晃を見下ろした。)
■時宗『〈迎えに来たぞ。〉』
『〈わたしをこれ以上、待たせるな。〉』
(男性の言葉は、その身に纏う、漆黒の着物から発する
重い、怨念を帯び。 晃に届いた。)
■晃「・・冗談も大概にしろ。 お前が言うと。 別の意味で、心底恐ろしく聞こえる。」
-11-
■時宗『〈あっはっはっ。〉』
(男性は、笑った。)
■時宗『〈上がれ。〉』
『〈艶と、楓が待っている。〉』
(晃は、ため息混じりに、男性の指示に従い。
大玄関へ上がった。)
(並んで歩く、晃の肩の高さに。
男性の、翡翠色の瞳の視線はあった。)
■晃『歩く度、聞こえる。 独特な黒い着物の音。』
『日の光を受ける。 金の家紋の色彩。』
『仄かな香の香り。』
『何より。 隣に立った感覚は、あまりにリアルで。
記憶と同じ角度で、僅かに、俺を見上げる視線が。
俺を揺さぶった。』
(男性は、晃の隣で。
翡翠色の瞳を揺らし、笑った。)
■時宗『〈泣くのか?〉』
■晃「・・・っ!」
(絶句した晃に、廊下の向こうから、救いの手がやって来た。)
-12-
■艶「兄様っ! 兄上もっ!」
「早く、来なされっ。」
「楓が、御馳走を用意しておる。」
「兄上はっ、食べなくても良いがの。 我らは腹がすくのじゃ。」
(艶は、華やかな、赤の着物を着ていた。)
■艶「兄様っ、似合うかっ? 兄様は、またまっ黒じゃの。」
(艶は、晃の迷いに答えを出していた。)
(目が覚める様な、艶やかな着物を纏う艶の姿に。 晃は微笑んだ。)
■晃「ああ・・。 良く似合う。」
***
(夕刻まで、4人は、共に過ごした。)
(艶は、うとうととし。 黒い袴姿の男性の、膝の上で、休んでいた。)
■艶「ん・・ん。 わらわは・・もう食べれぬ・・。」
(艶は、寝言を言った。)
■晃「寝言か・・。 はしゃぎ過ぎて、疲れたんだろう。」
(様子を見ていた晃は、そっと呟き。 腰を上げた。)
トッ
■晃「楓。 世話になったな。 俺はこれで、失礼する。」
-13-
■楓「ええ。 お気をつけて。」
(楓は、一本の和蝋燭に、側の灯りから、炎を移した。)
シュウッ・・
(炎は温かに燃え。 晃を、あの世との境界が曖昧なこの屋敷から。
無事に、現実世界に、導いてくれる安心感があった。)
■晃「悪いが、行くぞ。」
(黒い着物を纏う男性は、眠る艶の髪を撫で。
怪しく光る。 翡翠色の瞳を、ゆっくりと、晃に向けた。)
■時宗『〈行け。〉』
『〈艶の炎がお前を守る。〉』
■晃「また来る。」
(晃は振り返らなかった。)
■時宗『〈じきに、雨が降る。〉』
(男性は、美しい髪を揺らし、格子窓の向こうを
翡翠色の瞳で見上げた。)
■時宗『〈雨が消してくれる炎であるならば、〉』
『〈わたしもお前を行かしはしない。〉』
***
ジャリッ ジャリッ
(晃は白い敷石の上を歩き、先程来た道とは、反対に。 本殿からさらに奥へ
-14-
踏み入った。)
コォォォォー・・
(手元の和蝋燭が灯す。 道の先は、緑の茂る。 小道に続いている。)
(その先は、山奥のせいか、夕闇のせいか。 仄暗く。 行き先は、緑の木々と、
暗い空に閉ざされていた。)
(現実世界へ続くとは思えないその道を。 晃は、蝋燭をかざし進んだ。)
■晃『一番怖いのは、お前の式神だ。』
『気を抜けば、命を取られる様な気がするよ。』
(晃は、細道の先で立ち止まり。 艶の炎をかざした。)
ポウッ・・
ポウッ
(その気配に応え。 細道の前方。 左右に、艶の炎を分け、石灯籠が
鮮やかに幾つも灯り。 辺りを、急速に、温かなオレンジ色に包んだ。)
■晃『・・俺が泣くだと。』
『お前の式神に、また馬鹿にされた。』
『・・・。 泣くか、あほう。』
(晃は、左右の石灯籠の間を歩き。 灯りが、晃の、黒い服を映し出した。)
■晃『いい加減、さっさと。 式神も・・連れて行け。』
ポッ・・
-15-
(小さな、一粒の雨粒が。 晃の頬に落ち。 晃は、雨雲を見上げた。)
■晃「雨だな・・。」
(晃は、目的地に着き。 そっと、手元の和蝋燭を、傍の、石段に置いた。)
ポッ ポッ・・
■晃「心配するな。 これは、艶の火だ。 ここは、俺とお前の他。
邪魔者は来ない。」
「・・一月ぶりだな。」
(晃は静かに、語りかけた。)
(黒い髪に、雨粒が。 集まる。)
サーッ・・
(雨は、次第に。 降り始めた。)
***
■艶「兄様の黒服は・・、兄上と同じ・・喪服じゃ。」
(黒い袴姿の男性の、膝の上で、艶は。 目を開け、つぶやいた。)
■艶「本当は、もっと会いに来たいのじゃ。」
「・・FOTが、忙しいからの。」
「それに、やわで不健康なやつもおる・・。」
(男性は、翡翠色の瞳で瞬いた。)
-16-
■艶「それから・・、気になるやつがおるのじゃ・・。 わらわが、
いなければならぬ・・。」
「じゃから・・、まだ宗家を継ぐわけには
いかないのじゃ。」
(艶はそっと、翡翠色の瞳を見上げ。
自分を撫でている、兄の。 黒の着物に触れた。)
■艶「兄上に、会えなくなるからではないぞ。」
(格子窓から、雨音が、届く。)
サァーッ・・
■艶「けして。」
「そうではないぞ・・。」
ザァァーッ
***
ザァァーッ
(強くなった雨が、晃の頬を打った。)
■晃「時宗。」
「・・元気か?」
(晃の、黒い切れ長の瞳に。 大きな雨粒が、冷たく、幾つも。 幾つも流れた。)
(けれど、傍の、石段に置いた、小さな和蝋燭の炎は消えなかった。)
-17-
■晃「今夜は、冷えるだろう。」
バサッ・・
(晃は、濡れるのも気にせず、黒い上着を脱ぐと、
目の前にある時宗と同じ背丈の墓石に、
掛けた。)
■晃「俺が傍にいる。」
***
シュウウウーッ
(同時に、艶の傍らにいた、男性は消えた。)
(艶は、微笑み。 囁いた。)
■艶「わらわも、皆のもとに戻るぞ。」
***
・・トットッ ・・トッ
(雨が降りしきる中、聖の屋敷に戻った晃を。
待っている人がいた。)
ザァーッ・・
(雨の中、自分に傘を差しかける。 その人の声に、
晃は足を止めた。)
■時雨「お帰りなさいませ。 晃様。」
「艶様は、すでにお戻りです。」
-18-
■晃「ああ。」
(晃は、全身ずぶ濡れだったが、その人は、今さらながら。
晃を傘の中に入れた。)
■晃「俺を待っていなくて良いと、言っただろう。」
「時雨。」
(顔を上げた時雨の黒い瞳が、繊細な、黒い縁取りの半月形の眼鏡の奥で、神経質そうに
ちらりと光った。)
(時雨の、表情の読めない顔つきと。 黒い燕尾服に施された、金の装飾一つ一つに、
冷たい。 不思議な緊張感が漂う。)
■晃『こんな時雨の顔を見ると、なぜか帰って来たと実感するな。』
(ほっとした晃に、時雨は、冷やかに言った。)
■時雨「生きて帰らないのではないかと。 思いましたので。」
ザァーッ・・
■晃「・・俺を心配してくれたのか。 礼を言いたいところだが。
何か言いたげだな。」
(こんな時、菖蒲なら。 タオルでも持ってきて笑いかけるだろうと思いながら。
そんな事はお構いなしに、冷たい視線を投げる。 自分の執事に耳を傾けた。)
■時雨「恐れながら・・。」
「晃。
あいつは死んでる。」
-19-
■晃「くっ。
相変わらず、直球だな。」
(晃は、感傷の余韻さえも打ち壊す。 時雨の言葉に苦笑した。)
(時雨は鋭く睨んだ。)
■時雨「あれが、ただの墓参りか?」
「あんなところへ行くのは、命知らずな馬鹿だけだ。」
「俺は、お前の執事だ。
俺に、待っているなと言う、お前の気が知れない。」
「生きているやつから、選べ。」
(その言葉に一瞬。 思わず目を見開いた後。 晃は、まだ雨粒が滴る、額に手をやり、
笑いだした。)
■晃「あっはっはっ。」
「もっともだな。」
(時雨は、晃に、深々と頭を下げた。)
■時雨「申し訳ございません。 お気を悪くされましたか?」
(晃は微笑んだ。)
■晃「いや、良い。」
「傍にいるのが、お前で良かった。」
-20-
(晃は、時雨から傘を受け取り。 並び雨の中、煙る灯りへ。 白亜の洋館へ向かい。
二人は歩き出した。)
-21-
Chapter56
『傍にいる』
Fragment of Time・・・時の欠片の道しるべ
シナリオは、Chapterの各場面です。
■物語全文はこちらから。
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