Scenario

Chapter80『太陽と月(月)』

***

***

ゴオォーン・・

(どこからか、鐘の音が聞こえる。)

(異国の衣を纏った。 美しい女性の指先が、
幾つも眩い宝石を散りばめた、重量を感じる、大きな王冠を。 空色の髪の
少年の頭上に乗せた。)

ゴッ・・ゴゴッ・・

(黒煙とともに、黒服を纏う、美しい女性が現れた。 薄紫のソバージュの長い髪、
黒い瞳に、長い睫毛。 ゆっくりと見開き、黒い唇が、笑い。
囁いた。)

リザ【封印されし、“闇の樹”の源よ・・。】

【滅びることの、無いこの力。】

【果てるまで、滅ぼさん・・。】

【我と共に、この世界に終焉を・・。】

ゴオォォォー・・ッ

ゴワッ・・!

(女性の胸元から湧き上がる、黒い波は、大聖堂を覆い。
国土を流れ、最果ての。 砂漠の境界へ辿り着くと、空の彼方。
上空に浮かぶ、巨大な黄色に光る、扉の向こうへ。 吸い込まれて
消えた。)

(黒波を飲み込むと。 扉は閉まり、上空からその姿を消す。)

-1-

ゴワワワワーッ・・

ギィィィィッ バタンッ

リザ【お願い・・消えて・・。】

(黒いドレスが舞い上がり、ゆっくりと、上向きに倒れ。 女性は、笑った。)

リザ【・・あなたの居ない、この世界から・・。】

【・・私を・・。】

【消して・・。】

***

***

ゴワァァァァーッ

ドンッ・・! バキバキバキッ

(黒い獣の姿の巨大な“闇”が、校舎の近く、風見ヶ丘の。
住宅街を抜け、線路沿いの樹木をなぎ倒し。
夏樹の目の前に、鋭い牙を向けた。)

【ガアァァァァーッ!】

(息のかかる至近距離で、怪物の口は、夏樹の頭を噛み砕こうとした。
風をまとう腕が、巨大な口を抑え、飛散する黒い雫の間から。
一瞬見えた、“時の欠片”の光る喉元へ。 強い一撃を与えた。)

ゴォォォォーッ!

「・・・っ!」

-2-

ビュワッ・・

【ゴワワワワーッ・・】

(猛獣の姿の“闇”は、爆風に弾かれ。 喉元から。 千切れる黒い飛沫が、
灰色のコンクリートに。 ぼたぼたと、大粒の雫となった。)

(大きく溜まる。 流れる銀色に光る黒い液体は。
夏樹の足元を染め。 攻撃を打ち出した夏樹の白い右手に、黒く滴り、纏わりついた。)

夏樹「はぁ・・っ。 はぁっ。」

(肩で息をし、深い紺色の瞳がゆがむ。)

夏樹「まだ、“欠片”が取れない・・。」

「おかしいな、いつもより、全力を出してるつもりなんだけど。」

(言うと、夏樹は苦笑した。)

夏樹「少し休んでいたから、鈍ったのかな?」

ピコンッ

(左腕に留めた黒い腕時計の呼び出し音に、瞬いた。)

静乃[「夏樹くん。 そろそろ戻って、光くんが欠片を回収したら、そちらに向かうから。」]

夏樹「静乃さん。 光さんの周り、すごい数じゃないか? 当分来れないよ。」

「それとも、次の時間。 静乃先生の授業だから、来てほしかった?」

(通信機の向こうで、静乃はため息をついた。)

静乃[「・・、1時間したら一旦、戻ってって言ったでしょう? もう・・。」]

-3-

夏樹「ああ・・、なるほど。」

(夏樹は時計を見て、調子が出なくなった今が。 ちょうど朝から1時間
たっていると、確認し。 理解した。)

夏樹「静乃さんまで、僕に内緒で。 聖に味方するんだ?」

静乃[「え?」]

(ドキッとした静乃の声に、夏樹は微笑み。 深い紺色の瞳が揺れ。
楽しげにリラックスして、その場で足踏みをした。)

夏樹「時限装置付きで、力をセーブする機能が。 結界内に張り巡らされてる。」

「ったく、あいつ。 ・・そのせいで、僕がやられたら、どうしてくれるんだよ。」

(黒い雫の滴る白い右手は、
風を集めようとすると、静電気を帯び、小さく震えた。)

夏樹「静乃さん。 心配させてごめんね。」

「仕組みが大体分かったから、もっと早く帰れると思う。」

「紫苑さんは、学校に着いた?」

(静乃は、嫌な予感を抱きながら、頷いた。)

静乃[「え・・? ええ。 菖蒲くんが送ってくれたから。」]

夏樹「良かった。 じゃぁ。」

ピッ

(夏樹は通信機を切り、紺色のネクタイを緩め。 目の前に横たわる、
黒い生き物から、静かに立ち昇る黒煙に。 視線を移した。)

-4-

夏樹『ここからだ。 いつも、あの不思議な“魔法陣”が現れるのは・・。』

(視線の先で、黒い“闇”の巨体に。 不思議な、深紫色の光が、
点滅し、次第に円を描き。 倒れた“闇”の上で、
“魔法陣”が浮かび上がった。)

夏樹「・・来い。」

(紺色の瞳に、煌めく光の粒。 異空間の光を集める、
夏樹の瞳が、生き生きと輝いた。)

夏樹「今日は、逃さない。」

《闇の力を秘めし鍵》《解き放て》《炎の翼》

(異空間から放たれた呪文は、夏樹には聞こえなかった。 だが、その瞬間を
紺色の瞳は捉え。 爆発的な風を、足元から湧き起こすと、
“魔法陣”が落下し、漆黒に燃える。 炎の翼を手にした“闇”が。 再び力を得て、
空へ上昇するのと、同時に天高く、舞い上がった。)

バッ・・ ゴォォォォォーッ!

***

静乃「夏樹くん・・っ!」

(静乃は、二階の教室の前。 廊下で、手にしていた通信機を取り落としそうになり、
受け止め再び夏樹にコールし。 代わりに、持っていた教科書を、床へ落とした。)

静乃「だめよっ、戻って。」

[「バリリリッ・・! ドオォォォォーンッ・・」]

(静乃の耳元で、異空間の“結界”の天井が突き破られ、
別の異空間へと続く空間通路へ。 “闇”に誘われ、夏樹の身体が風と投げ出される、

-5-

激しい音がし、息を飲んだ。)

静乃「・・・っ!」

夏樹[「同じ手は、くわない。」]

***

(夏樹は、不安定な空間の狭間で。 激しい気流の中、
逃げ惑う“闇”を追った。)

バリバリバリッ ビュワッ・・!

(異空間の壁が、ガラスの破片の様に、砕け。 頭上に
降り注ぐ。 後方を振り返り。 右手から湧き出る風を起こすと、
遠ざかる、先程まで自分の居た、聖の創り出す異空間へロープの様に風を流す。)

(風を線路わきの、ガードレールの端へくくりつけ。 微笑み、
今度は左手から湧き起こす風で、逃げてゆく“闇”を捕らえ。 自分の方へ
引き戻した。)

夏樹「逃げるのはフェアじゃない。 望みの通り、僕も逃げない。」

「手加減は、しない。」

ゴワッ・・

バリリッ・・! パキンッ・・ バリバリバリッ!

(風は、“闇”を巻き込み。 異空間をきりもみし、回転して。 いくつもの、
流れゆく。 結界の。 創り出す、偽物の風見市の景色を通り過ぎては。
結界の壁を打ち破り。 七色に光る破片と、黒く燃える羽根を辺りにまき散らし、
元居た風見ヶ丘の崩れかけた異空間へ。 深い紺色の瞳が輝く視線の先で、
白い腕がのばす先へ。 夏樹は自身の身体に、“闇”を引き寄せた。)

-6-

【ガァァァァー・・ッ!】

(息もつかぬ間に、“闇”は、引き戻され。
再び飛び立とうと、炎の翼を動かしたが、風に捕えられた翼は。
夏樹の操る動きに、強まる風の力で。 鈍い音を立て、折れた。)

静乃[「・・!」]

バキッ・・

ガタンッ ガタンッ・・ ガタンッ ガタンッ・・

(“闇”と夏樹が落下する地上で、異空間を横切る電車が、通る。)

《闇の力を秘めし鍵》《解き放て》《土の砦》

プワーンッ

(警笛が鳴り響く、線路の上に。 夏樹と“闇”は落下し、目の前に来た電車は。
同時に、線路下から岩の様にせり上がる土に押し上げられ。 天高く、
先頭車両から空に一旦、浮かび上がると。)

ボコボコボコッ・・ キキキーッ バキバキバキッ・・!

ズズーンッ・・

(着地した夏樹の上に、地響きを上げ落下した。)

***

静乃「・・・ああ・・っ。」

(一瞬の出来事に、静乃の手は震え。 通信機を、まったく
操作出来なかった。)

(応援を呼ぶことも出来ずに、粉々に砕けた。 異空間の結界を

-7-

モニターで見つめ。)

(破壊し尽された全車両が、夏樹の立っていた、1点に集中し、
落下し。 瓦礫と土塊が、山となっている様子に。 震えた。)

静乃「・・計器が・・、振り切れてる・・。」

「夏樹くん・・!」

「・・夏樹くん・・!」

***

ピッ

夏樹「静乃さん。」

「この子、何組の生徒だろうね? 分かる?」

(夏樹は、瓦礫の中から身体を起こし、腕時計に応答して、
そっと。 腕の中に抱える、一人の少女を見つめた。)

夏樹「こんな子から、あんな大きな“闇”が生まれるんだ。」

「ふぅ。 “時の欠片”もそんなに大きくないのに、

どうしてだろうね?」

***

静乃「・・! 夏樹くん・・っ!

良かった・・。 無事だったのね・・?」

夏樹[「聖が邪魔しなければ、もう少し楽だったのにな。」]

-8-

(通信機の向こうの夏樹が、いつも通りで。 静乃は驚きつつ安堵した。)

夏樹[「やっと、もとの姿に戻せてよかった・・。」]

静乃「・・・っ。 そうね。」

(込み上げた涙をこらえ、静乃は微笑んだ。)

静乃「待ってて、すぐに菖蒲くんに迎えに行ってもらうから。」

「授業が始まるまでに、戻ってくるのよ。」

(静乃は笑顔で、通話を切った。)

***

夏樹「え・・? 休ませてくれないんだ。」

「くっくっ。 静乃さんも、けっこう鬼だね?」

(夏樹は、風見ヶ丘高校の制服を着た、少女をそっと。 安全な場所に横たえ、
立ち上がり。 肩についた結界の破片や、土埃を払った。)

夏樹「はぁ。 これだけ壊したら、聖に叱られるかと思ったけど。」

「怒って現れないところを見ると、好きにやっていいってことかな?」

パリリッ

(破片は、足元で、七色に光り落ちた。)

夏樹「これが現実だったらと思うと、ぞっとする。 聖に感謝しないとな。」

(夏樹は、砕けた、車両の残骸を見て、目を細めた。)

-9-

夏樹「まだ、姿を見せないのか? あの“魔法陣”の主は誰だ?」

「“欠片”が目的じゃないのか・・。 それとも、僕を試しているのか・・。」

(夏樹を、疲労感が包み。 そっと、壊れたブロック塀の上に、
腰を下ろした。)

夏樹『“闇”を閉じ込める異空間なら、現実の世界とは違う。 何が壊されても、平気だ。』

『けど、

見慣れた景色が壊れるのは、幻だとわかっていても。 こたえるな・・。』

(夏樹は、白い両手で、静かに顔を覆い、目を閉じた。)

(うつむき座る、細い背中を。 癒す様に、土埃を含む風が、静かに撫でた。)

***

菖蒲「かしこまりました。 すぐにお迎えに参ります。」

(知らせを受けた菖蒲は、千波の言い付けで。 訪れていた本部から、
戻ろうと。 天井の高い、巨大な玄関ロビーを足早に移動した。)

(高層ビル最上階へ続く、吹き抜けの天井に。 張り巡らされた
四角いガラス窓から射し込む日差しが、眩しく頭上を照らしても。)

(大理石の床を進む菖蒲の心は晴れなかった。)

ガガッ

(巨大な正面扉が開き。 流れ込む風が、菖蒲の黒い後ろ髪を、
後方へ押し流した。)

ヒュアッ・・

-10-

菖蒲「・・? あなたは。」

(風に目を開けた菖蒲の前に。 見かけぬ一人の男性が立っていた。)

狐次郎「ひっひっひっ。」

「あんたがFOT No.0-3殿か~?」

(ひょろ長い背丈の男性は、歳は離れていない様だが。
どこか重心がずれている様に、奇妙な歩幅で。 菖蒲の側に近寄った。)

菖蒲「・・。 何ですか?」

「ここはFOTの本部。 どちらの能力者様か、存じ上げませんが。

あまり目立った行動は避けられた方が、良いのではありませんか?」

(男性は、気にせず。 薄ら笑いを浮かべ、菖蒲の整い。 艶やかな燕尾服の
襟元に触れた。)

狐次郎「ひっひっ。 能力者に専属の護衛をつけるた~、VIP様は大した身分さー。」

「つってもー、そいつを守るっつーよりも、そいつを暴走させねーって、

役割があるっつーう・わ・さ。 だぜー。」

「まーよ、俺が能力者だって気づいたのは、大したもんだけどよ。」

「あんた一番話し易そうだかんな~、夏樹のために、忠告しに来てやったのよ。」

(菖蒲は瞬き、この奇妙な。 短い赤毛の男の、話に耳を傾けた。)

菖蒲「え? 何ですって・・?」

狐次郎「ひっひっ。 ぬか喜びしてんなよ・・。 よーく言っとけ。」

-11-

狐次郎「国家指定の能力者を、理由なく野放しにすると思うか~?」

(菖蒲の黒い瞳が、四角い黒縁眼鏡の奥で、揺れた。)

狐次郎「ひっひっ。 おめーは、おめーのご主人さまを、自由にしてもらえたと

思ってんのか~?」

「そう思ってんならよー。 お人好しだ。 利用されてるだけだぜ。

おまけに、夏樹は、石垣首相くんにも。 目~つけられてる。 誰が逃がすか?」

「あのお嬢ちゃんを守ろうなんてよー、丁度良い理由つけて。 街に泳がせてるだけさ~。」

「証拠によぅ。 聖の兄ちゃんは、あいつを止めね~さ。」

「“闇”はまた、動き出しただろうがー。 ひっひっ。」

「あんな力の使い方してたらよぅ。 あいつ、もたねーぜ。」

(不吉な男性の言葉に、菖蒲は白手袋の手を上げ、制すと。 鋭い視線を返した。)

菖蒲「・・その様なことはありません。」

「これ以上私に関わるのなら、本部に報告を上げねばなりませんよ。」

(男は薄ら笑いを浮かべ、すごすごと、菖蒲から距離を置き、引き下がった。)

狐次郎「へいへいっ。 さすが、専属執事様、こえーこえーっ。 ひっひっ。」

(男は去りながら、後ろを振り向き、喋り続けた。)

狐次郎「せいぜい、国の連中に、捕まらねーように気を付けろよ。 生きて帰れね~ぜ。」

「FOTが国家公認だからってよぅ、国はおめーらの味方じゃね~っつーこった。」

-12-

狐次郎「狐次郎が、遊びに来たと。 あいつに言っとけ。」

(そう名乗った男は、奇妙に傾いた歩幅で。 本部の前から消えた。)

菖蒲「・・・。 何なんでしょうか、あの人は。」

「はっ、そんな場合じゃありませんよ。」

(菖蒲は気を取り直し、リムジンを停めた、空間通路を目指し。 本部横の道を、
奥へ進んだ。)

菖蒲「聖様・・。」

「夏樹様にご無理をさせない、秘策があるからと、おっしゃっていたのに・・。」

「これでは、逆効果じゃありませんかっ。」

「・・聖様の施された力を破って、戦うなど。」

「千波様の代わりに、私がしっかりと、叱らなければ・・。」

***

シュンッ バタンッ・・

(異空間の通路を走り。 菖蒲は急ぎ、白いリムジンから降りた。)

菖蒲「言って差し上げなければ、なりません。」

「言って・・。」

(だが、現場である異空間に辿り着いた菖蒲は、夏樹を叱ろうと思っていた言葉を。
一瞬で忘れ。)

(目の前に広がる、信じがたい光景に。 黒縁眼鏡の奥の瞳を、大きく見開いた。)

-13-

パリンッ・・

(黒い皮靴が、踏み締める地面には、不思議に七色に光る。 薄氷の様な、
剥がれ落ちた。 空間の天井が、砕け。 破壊された地面は、瓦礫で覆われていた。)

(何よりも、ガードレールの向こうに。 せり上がる、天高く突き出た
折れまがる線路が。 地面と隆起し。 その下には。)

(窓ガラスと車体が粉々に砕けた、電車の車両が。 何かを狙う様に、
ひと塊に、地面に突き刺さっていた。)

菖蒲『・・・!』

(菖蒲は言葉が出ず。 それらの瓦礫の前で、小さく。 腰を下ろしている夏樹を、
視界に捉え。 走り出した。)

菖蒲「夏樹様・・っ!」

ダッ・・

菖蒲「ご無事で・・?」

夏樹「うん。 女の子は無事だった。 紫苑さんは心配してなかった?」

(夏樹は、目の前に駆け寄った菖蒲を見て、微笑んだ。)

菖蒲「あ、はい。 あの、いえ。 そうじゃなくて、夏樹様は・・?」

夏樹「ああ~、それがそうでもないよ。」

菖蒲「えっ・・!」

夏樹「これ。 替えある?」

(夏樹は気まずそうに、下ろして間もない。 風見ヶ丘高校の夏服のシャツを指さした。)

-14-

菖蒲「・・はっ、はい。 千波様からご用意するように、先程ご連絡が。」

夏樹「ははっ、何でわかったのかな?」

(気軽に笑い、立ち上がろうと僅かに腰を上げ。)

(途端。 夏樹は、側に立っていた、菖蒲の。 燕尾服の腕を、左手で掴んだ。)

菖蒲「・・?」

「夏樹様・・?」

(触れた腕に、力がこもった気がして。 そっと、夏樹の顔を覗いた。)

菖蒲『・・夏樹様。』

(夏樹はうつむき、目を閉じ、右手で胸元を掴んでいた。)

チリンッ・・

(小さな金属音が。 服の内側で鳴った。 夏樹はまだ、菖蒲の腕を掴んでいた。)

菖蒲「どうか、なさいましたか・・?」

(菖蒲は間近により、不安を覚えながら。 蒼白な程白い、顔を見つめた。)

ドクンッ

(夏樹の胸は、不思議に高鳴り。 鼓動した。)

夏樹「・・ひどい通学路だな。」

『僕らがいなければ、現実の世界が。 こうなる。』

(深い紺色の瞳が、静かに開いた。)

-15-

夏樹「菖蒲・・。 僕らがいなければ、現実の世界が。 こうなる。」

「そう思っただけで。」

「僕がここに居る価値もあるって、思ってもいいかな?」

(微笑む深い紺色の瞳は、優しく揺れ。 足元に砕け、周囲を照らす、
結界の破片のせいか。 菖蒲には、きらきらと儚く、輝いて見えた。)

菖蒲「夏樹様・・。 はい、そう思います。」

(頷く菖蒲を見て、夏樹は微笑み。 力を込め、立ち上がった。)

夏樹「行こう。」

シュオッ・・ コオォォォーッ

(夏樹は、異空間の結界を解き。 現実の、風見ヶ丘へ。
菖蒲と共に戻った。)

シュンッ

(異空間から現実に戻った夏樹の前に、広がる。 いつも通りの通学路が。)

(二人を笑顔にした。)

夏樹「急ごうか? サボったら、静乃さんに怒られる。」

菖蒲「はい。」

(菖蒲は頷き、歩き出した主人の背中と、
目の前に広がる。 風見ヶ丘の校舎。 そして、そのまま無傷のガードレール脇の線路。
丘の下に広がる、風見市の街並みを見つめ。 微笑んだ。)

菖蒲『価値・・? 夏樹様。』

-16-

菖蒲『私たちの存在は、人知れるものではありません。』

『しかし・・。』

『これだけの人達を守って来たのです。 そして、これからも・・。』

『それはとても、価値のあることに。 違いありません。』

***

***

トクンッ・・

トクンッ・・

***

***

カタンカタンッ カタンカタンッ

(ガードレールの向こうを電車が通り。 ピュアはクリーム色の
可愛らしい靴で爪先立つと、思い切り指をさして嬉しそうにソラに振り返った。)

ピュア「ソラさまっv あれは何ですか?

人が乗ってますよっ!」

(青空の下の風見ヶ丘を上り、ソラは。 うきうきと前を行くピュアの。
ふわふわと丸い、綿を包み込み膨らむドレスと。
クリーム色に、カールし、腰までも届く。 柔らかな髪が揺れるのを見た。)

ソラ「んっ? あ~、あれは電車だ。」

「車とか、電車とか・・乗らね~のか?」

-17-

ピュア「んん~っv はいですっ!v 飛んだほうが早いですね。

魔法とかv 羽根のある動物に乗るですよ。」

ソラ「マジか・・?」

ピュア「はいっv」

(ピュアは言うと、細かなレースの見える袖元をまくり。 少し気合いを入れる風に、
咳払いしてみせた。)

ピュア「(んんっv)」

ソラ「・・あ~、あれだ。 実演しようとしてる?」

「もう昨日ので十分だから・・; お前が泡まみれにした俺の寝室・・。」

「さっきまで掃除してたの、さすがに俺。 忘れね~。」

(ソラは脱力し。 あきれ顔で、水色の瞳を揺らした。)

ピュア「くすくすくすっv ピュア思い出しますv ソラさまとっ、お城でこっそり。

《闇の魔術》を練習したこと! ピュアが失敗するたびv ソラさまのせいに

しましたよねっ!」

(何やら思い出に浸っているらしいピュアをソラは、真顔で見た。)

ソラ「・・楽しくなさそうな思い出だなおい・・。 まったく覚えてね~から。

腹も立たねーけど。」

「で、俺は何をすれば良い?」

-18-

(ソラは、話を聞く体勢を完全に整えた様子で。
坂道の途中にある。 通り沿いのブロック塀に背をもたれ。 鞄を下に投げると。
この風変わりな服装の少女に、正面から向き直った。)

ピュア「でもっ、ソラさまっ。 今朝は、学校というところへ行くとv

遅刻しそうだと。 慌てていましたですが?v」

ソラ「・・。 お前な、道々。 今のいままで、お前の話聞いてて、

力を貸さないほど俺は馬鹿じゃね~。」

(ピュアは、感じ入った様子で、クリーム色の長い睫毛を瞬かせた。)

ピュア「ソラさまっ!///;; 信じてくださるんですかっv///」

ソラ「話は、俺に関係あるんじゃねーか。」

「親父や、お袋がいたことも夢で。 俺が、この世界の住人じゃね~とか。

ちょっと普通じゃ考えられね~話だけど。」

「昨日、俺が見た怪物は、間違いなく存在した。」

(ソラは昨晩の白昼夢の中で、破壊された寝室の瓦礫が切った頬の傷跡を
手でなぞった。)

ソラ「何より、お前は嘘をついてない。」

「困ってんだろ?」

(ソラの水色の瞳は迷いなく。 ピュアを見つめ、鮮やかな水色の髪に、輝く笑顔が、
太陽に照らし出される様子は。 ピュアの知るソラそのもので、ピュアの心を動かした。)

ピュア『ソラさま・・っ!///;;』

-19-

ピュア「ピュアはっ・・!; ピュアはもうダメかと思いましたっ!///」

「あの日・・っ、《花祭り》の日に咲いた。 《聖なる花》は・・;

次々に枯れてしまっています~っ///;;」

ソラ『花祭り・・?』

サァァァァーッ

(ソラの脳裏に、何かが過ぎる気がした。)

ソラ『なんだ? そういえば、今年は夏祭りに行こうって、ミイと約束してた・・。』

(瞬きしたソラの瞳に。 淡い薄ピンクの花びらが、舞い飛んだ。)

ソラ『・・約束・・。』

ピュア「退位の時期を迎えられた、女王サラさまのお力がっ・・弱まっているのです;」

「それなのにっ///;;」

「ソラさまの《戴冠式》は、《闇の魔女》の《呪い》で、失敗しましたっ;」

ゴオォーン・・

ソラ『んっ・・。』

キンコンカンコーン・・ キンコンカンコーン

ソラ『鐘の音・・? チャイムか・・?』

(ソラは、耳元で聞こえた鐘の音に、思わず耳をふさいだが。 同時に聞こえた、
1時間目の終了を知らせるチャイムに。 はっとして顔を上げた。)

ソラ「つまり、俺が、《戴冠式》ってのを出来なかったから。」

-20-

ソラ「俺の力が、花が咲く“樹”に行かねえってことだろ?」

『俺に、そんな力があるとは、想像できもしないが。』

『こいつの言う、エアリエルという国では。』

『王の力が“樹”に注がれて、その“樹”から、人が生まれるらしい。』

「けど、話聞いてたら。

どうやら、俺が失敗したのは、俺じゃだめだって。 意味じゃね~のか?」

(力になりたいものの、簡単にはいかない状況に。
ソラは腕を組んだ。)

ソラ「俺がこの状況を理解して、お前の国に行ったところで。 ダメだってことだろ?」

「っ、なんかな~? 次期王とか、お前に言われて

わくわくしたけど、想像と違うなこりゃ。」

「おまけに命が掛かってるわけだ?」

(ソラは、ブロック塀にもたれ、うつむき考えたが。 瞬く水色の瞳は、煌めいた。)

ソラ「で、俺が王になるには、どうしたらいい?」

(水色の瞳に見つめられ、ピュアは頷いた。)

ピュア「《闇の力》を消すことです。」

「ソラさま。 エアリエルには昔々、2種類の“樹”が存在していました。」

「それぞれの“樹”には、それぞれの“樹”から生まれた王がおり。 2つの力が」

-21-

ピュア「注がれていたのです。」

(ピュアは目を閉じ。 懐かしい我が国を思い出す様に、記憶を無くしてしまった
ソラへ、聞かせる様に。 ゆっくりと、語り始めた。)

(祈り組んだ両手の袖元から、細かなレースが覗き。 柔らかな髪が、
風に揺れる。)

ピュア「《光の樹》と、《闇の樹》です。 それぞれの王にはまた、それぞれの力に属する

魔法使いが仕えていました。」

「かつて、《闇の樹》を守るべき《闇の魔女》が、自らの手で《闇の王》を

葬るまでは・・。」

(ピュアは小さく息を飲んだ。)

ピュア「王を失えば、“樹”は枯れます。」

「《闇の樹》は、すべて滅びました・・。」

(組んだ手は、小さく震えた。)

ピュア「残されたのは、《光の力》だけ。」

「ですから、次の王は、《光の樹》から生まれたソラさまが継ぐべきです。」

「しかし魔女は狡猾で、本来、自らが触れることのできない力の《光の樹》をも

滅ぼす切り札を持っていました。」

「魔女はたった一つ、

自らの力と引き換えに。 滅びたはずの、最後の《闇の鍵》を隠し持っていたのです。」

-22-

(ピュアは静かに、クリーム色の瞳を開いた。)

ピュア「《鍵》は《闇の樹》の種。 命の源です。」

「戴冠式の日、魔女は、自らの中に眠らせていた《鍵》を解放しました。」

「《国》は、《闇の力》の存在を認識してしまった。」

(ソラは、静かに通りのブロック塀に背をもたれ、
真剣な瞳で、耳を傾けていた。)

***

(その場所は、ちょうど。 先ほど壊れた風見ヶ丘の異空間の中。
夏樹が腰を下ろしていた、崩れたブロック塀だった。)

トクン・・

***

ピュア「そして古くより、光と闇は、交互に存在した・・。」

「闇の力が存在する限り、《光》の次には、《闇》を正統な王とする・・。;;」

「今の女王サラさまは、《光》の力に属すお方です。;」

(ソラは、苦い表情でため息をし、頬杖をついた。)

ソラ「つまり、俺じゃだめってわけだ。」

(ピュアは涙ぐんだ。)

ピュア「はいです~っ///;;」

「力を注げる王が、存在しないのに。」

-23-

ピュア「《闇》が消えない限り。 《光》を王と認めないのです。」

「そして、魔女は念入りに、《鍵》を、壊されぬよう、この異界の地に

隠しました。」

「《魔女の力》を、小さな《時の欠片》に入れ。 消えることの無いよう、世界中に

降らせました。」

***

トクン・・

***

(ソラは、自分に言い聞かせるように、幾度か頷き。
不安げなピュアの瞳を、見つめた。)

ソラ「で、それがどんな形のものか、

まったく手掛かりがねーのに。 俺と。 お前は、この地上に探しに来たと。」

ピュア「はいっ!v それから、姫巫女さまも一緒ですっv」

「見つけた“欠片”を、巫女さまなら浄化できるはずですっ!v」

「手掛かりが、ないわけじゃありませんようっv」

「見てくださいっ!v ソラさまっv」

「この街の景色・・っv」

(ピュアはスキップする、軽やかな足取りで、ソラの前を走り。 線路脇の
ガードレールに身を乗り出すと、眼下に広がる風見市の街の景色に頬を染めた。
包み込むドレスがふわりと揺れ。 ニーハイソックスの細い脚で

-24-

つま先立ち、ソラに振り返った。)

ピュア「エアリエルに似てますっv」

「ほらっv あそこが“砂界”と呼ばれる、砂漠の海v あそこが、ドラゴンの巣がある

青の森v それに宮殿っ!v」

(ピュアは言いながら、嬉しそうに次々と、小高く見晴らしの良い風見ヶ丘から
見える景色を、ガードレールから乗りださんばかりに大きく手を伸ばし。 指さした。)

ソラ「くっくっ、うそつけ。 どこに砂漠が、ドラゴンの森が、

宮殿があるんだよ?」

(ピュアをからかうも、ソラにはワクワクする気持ちが込み上げた。)

ピュア「宮殿ならv ソラさまが今向かっているじゃありませんかっ?」

「《がっこう》ですよv」

「ちょうどこんな風に、見渡せる場所にあります!」

(ピュアの言葉に、ソラは想像した。)

(目を閉じてみる。 潮風が、水色に染まる髪を揺らし、高く照りつける太陽が、
閉じた瞳の奥にも。 眩しさを運ぶ。)

ソラ「そこに、俺を待ってる人がいたりするのか?」

(目を閉じたまま。 ソラは、つぶやいた。)

ソラ『ワクワクすることを待ってた。 でもきっとこれは、想像と違う。』

『俺に出来ることは、この街だけじゃねー、こいつの国と。 その先の未来まで助ける。』

-25-

ソラ『俺は、・・。 このくらい、ワクワクすることを、待ってたんだよ。』

(ピュアは大きく頷いた。)

ピュア「はいですv 王子さまですからねっv」

ソラ「・・んな柄じゃね~。」

「けど、悪くね~な。」

(ソラはニッと笑い、足元の鞄を拾い上げ。 歩き出した。)

タッ

ピュア「まずはv 記憶を思い出してくださいね~v」

「ピュア付きっ切りでそばにいますからっv」

ソラ「・・はぁっ!?/// それはまずいだろっ、とりあえず家に帰れよ。」

ピュア「ええ?;;」

ソラ「お前っ、自分の格好を見ろ! 言っちゃなんだが、一緒にお前の国から来たにしては、

俺の方が完全に普通だろ?」

ピュア「これは・・気に入ってるから・・;;///」

ソラ「・・・。 好みの問題じゃねー・・。」

(もめているうちに、2人は校門の前まで来てしまった。)

ピュア「わかりましたよっ! 行ってらっしゃいですv」

(ピュアはしぶしぶ、ソラを見送り手を振った。)

-26-

***

菖蒲「行ってらっしゃいませ。 夏樹様。」

(菖蒲は、校門の近くで、夏樹を見送った。)

(校内に入れば、FOTメンバーも、静乃も中に居る。 また、学校へ通い始められる
夏樹を、見送ることは。 菖蒲には嬉しいことだった。)

菖蒲「今日も、良い天気ですね。」

(温かな日差しに、黒縁眼鏡の奥の瞳が微笑み。 坂道の下から、
風が、細い黒髪を揺らした。)

***

サァァァァーッ

ソラ「・・“欠片”に・・。」

「“鍵”・・か。」

(ソラは囁き、門をくぐった。)

ソラ「見つけて・・壊す。」

『どうやって?』

『何の力もない俺に、出来るのか・・?』

トッ

(ソラはふと、聞こえた足音に
右手側を振り返った。)

ソラ「・・・。」

-27-

ソラ『ん・・?』

(どうやら見ると。 同じ2年生らしい少年が。 すぐそばに立っていた。)

ソラ『な~んだ、俺と同じく、遅刻のやつがいるじゃね~か。』

***

チリッ・・

(色白の少年は、何やら考えにふけっている様子で。 伏し目がちに、うつむき。
シャツの胸元に、驚くほど白い左手で触れたまま。 静かに立ち止まっていた。)

夏樹「・・・。」

(近くでソラが見ていることに気づくと。
目を開け。 ソラの方へ振り返った。)

***

ソラ『!』

(振り向いた、少年の。 透き通るほど蒼白な顔に。
射る様な強い、深い紺色の瞳の視線。)

(ソラは思わず息を飲んだ。)

ソラ「・・っ、おい、お前っ。」

トッ・・

(声をかけようと手を伸ばしたが。 少年は、一瞬で、目を逸らすと。
ソラの前から歩き出し、校内へ向かってしまった。)

(そばに立ったわずかな瞬間。 僅かに触れたソラを、

-28-

不思議な光が、包み込んだ。)

(僅かな瞬間、その場が、まるで。 スポットライトに照らされた様に、
温かな光に満ち。 少年の態度と裏腹に、ソラの心に力を与えた。)

ソラ「くっくっ、面白え~やつ。」

「あれ、A組の転校生じゃね~か?」

「ミイが言ってたやつだ。」

タッタッタッ

(ソラに気づき、一人の少女が、校内から駆け寄って来た。)

ミイ「ソラ~っ! 次の授業始まっちゃうよっ!」

(オレンジ色の短い髪の可愛らしい少女が、ソラの前で立ち止まった。)

ソラ「お~、ミイ。

今、お前が気にしてたやつに会ったぜ。」

ミイ「ええ~っ!/// もしかしてあの絵のっ?///」

「サインもらった?」

ソラ「もらうかっ、馬鹿。」

(言うと、大きな手が、ミイのオレンジ色の髪の頭を小突いた。)

ミイ「なにようっ///;」

ソラ「おい、ミイ。 今夜俺の家に来い。」

ズザッ

-29-

(ミイは突然、ソラから距離をとり、両腕で自身をガードした。)

ソラ「あはっ! クマは連れて来ても良い。」

ミイ「ほんとっ?///;」

ソラ「お前に会わせたいやつがいる。」

(ミイは頬を染め。 ソラの水色の瞳は、太陽の下で輝いた。)

ミイ「え・・?///」

ソラ「信じられねーくらいに、わくわくすることだぜっ!」

「もしかしたら、そうだ。 俺と、お前に関係してる。」

(そっと近づき、耳打ちする。 ソラの水色の髪先が、眩い日差しに反射する。)

ミイ「うん///」

(胸を高鳴らせ。
ビー玉の様に光る、水色の瞳が間近で微笑むのを見つめた。
ミイの茶色の瞳は好奇心に煌めき。 ソラに引き寄せられる様に、小さく頷く。)

-30-









Chapter80
『太陽と月(月)』

Fragment of Time・・・時の欠片の道しるべ





シナリオは、Chapterの各場面です。

物語全文はこちらから。

Fragment of Time * 時の欠片の道しるべ

SCENARIO

『太陽と月』

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