***
***
ゴオォーン・・
(どこからか、鐘の音が聞こえる。)
(異国の衣を纏った。 美しい女性の指先が、
幾つも眩い宝石を散りばめた、重量を感じる、大きな王冠を。 空色の髪の
少年の頭上に乗せた。)
ゴッ・・ゴゴッ・・
(黒煙とともに、黒服を纏う、美しい女性が現れた。 薄紫のソバージュの長い髪、
黒い瞳に、長い睫毛。 ゆっくりと見開き、黒い唇が、笑い。
囁いた。)
■リザ【封印されし、“闇の樹”の源よ・・。】
【滅びることの、無いこの力。】
【果てるまで、滅ぼさん・・。】
【我と共に、この世界に終焉を・・。】
ゴオォォォー・・ッ
ゴワッ・・!
(女性の胸元から湧き上がる、黒い波は、大聖堂を覆い。
国土を流れ、最果ての。 砂漠の境界へ辿り着くと、空の彼方。
上空に浮かぶ、巨大な黄色に光る、扉の向こうへ。 吸い込まれて
消えた。)
(黒波を飲み込むと。 扉は閉まり、上空からその姿を消す。)
-1-
ゴワワワワーッ・・
ギィィィィッ バタンッ
■リザ【お願い・・消えて・・。】
(黒いドレスが舞い上がり、ゆっくりと、上向きに倒れ。 女性は、笑った。)
■リザ【・・あなたの居ない、この世界から・・。】
【・・私を・・。】
【消して・・。】
***
***
ゴワァァァァーッ
ドンッ・・! バキバキバキッ
(黒い獣の姿の巨大な“闇”が、校舎の近く、風見ヶ丘の。
住宅街を抜け、線路沿いの樹木をなぎ倒し。
夏樹の目の前に、鋭い牙を向けた。)
【ガアァァァァーッ!】
(息のかかる至近距離で、怪物の口は、夏樹の頭を噛み砕こうとした。
風をまとう腕が、巨大な口を抑え、飛散する黒い雫の間から。
一瞬見えた、“時の欠片”の光る喉元へ。 強い一撃を与えた。)
ゴォォォォーッ!
「・・・っ!」
-2-
ビュワッ・・
【ゴワワワワーッ・・】
(猛獣の姿の“闇”は、爆風に弾かれ。 喉元から。 千切れる黒い飛沫が、
灰色のコンクリートに。 ぼたぼたと、大粒の雫となった。)
(大きく溜まる。 流れる銀色に光る黒い液体は。
夏樹の足元を染め。 攻撃を打ち出した夏樹の白い右手に、黒く滴り、纏わりついた。)
■夏樹「はぁ・・っ。 はぁっ。」
(肩で息をし、深い紺色の瞳がゆがむ。)
■夏樹「まだ、“欠片”が取れない・・。」
「おかしいな、いつもより、全力を出してるつもりなんだけど。」
(言うと、夏樹は苦笑した。)
■夏樹「少し休んでいたから、鈍ったのかな?」
ピコンッ
(左腕に留めた黒い腕時計の呼び出し音に、瞬いた。)
■静乃[「夏樹くん。 そろそろ戻って、光くんが欠片を回収したら、そちらに向かうから。」]
■夏樹「静乃さん。 光さんの周り、すごい数じゃないか? 当分来れないよ。」
「それとも、次の時間。 静乃先生の授業だから、来てほしかった?」
(通信機の向こうで、静乃はため息をついた。)
■静乃[「・・、1時間したら一旦、戻ってって言ったでしょう? もう・・。」]
-3-
■夏樹「ああ・・、なるほど。」
(夏樹は時計を見て、調子が出なくなった今が。 ちょうど朝から1時間
たっていると、確認し。 理解した。)
■夏樹「静乃さんまで、僕に内緒で。 聖に味方するんだ?」
■静乃[「え?」]
(ドキッとした静乃の声に、夏樹は微笑み。 深い紺色の瞳が揺れ。
楽しげにリラックスして、その場で足踏みをした。)
■夏樹「時限装置付きで、力をセーブする機能が。 結界内に張り巡らされてる。」
「ったく、あいつ。 ・・そのせいで、僕がやられたら、どうしてくれるんだよ。」
(黒い雫の滴る白い右手は、
風を集めようとすると、静電気を帯び、小さく震えた。)
■夏樹「静乃さん。 心配させてごめんね。」
「仕組みが大体分かったから、もっと早く帰れると思う。」
「紫苑さんは、学校に着いた?」
(静乃は、嫌な予感を抱きながら、頷いた。)
■静乃[「え・・? ええ。 菖蒲くんが送ってくれたから。」]
■夏樹「良かった。 じゃぁ。」
ピッ
(夏樹は通信機を切り、紺色のネクタイを緩め。 目の前に横たわる、
黒い生き物から、静かに立ち昇る黒煙に。 視線を移した。)
-4-
■夏樹『ここからだ。 いつも、あの不思議な“魔法陣”が現れるのは・・。』
(視線の先で、黒い“闇”の巨体に。 不思議な、深紫色の光が、
点滅し、次第に円を描き。 倒れた“闇”の上で、
“魔法陣”が浮かび上がった。)
■夏樹「・・来い。」
(紺色の瞳に、煌めく光の粒。 異空間の光を集める、
夏樹の瞳が、生き生きと輝いた。)
■夏樹「今日は、逃さない。」
■善《闇の力を秘めし鍵》《解き放て》《炎の翼》
(異空間から放たれた呪文は、夏樹には聞こえなかった。 だが、その瞬間を
紺色の瞳は捉え。 爆発的な風を、足元から湧き起こすと、
“魔法陣”が落下し、漆黒に燃える。 炎の翼を手にした“闇”が。 再び力を得て、
空へ上昇するのと、同時に天高く、舞い上がった。)
バッ・・ ゴォォォォォーッ!
***
■静乃「夏樹くん・・っ!」
(静乃は、二階の教室の前。 廊下で、手にしていた通信機を取り落としそうになり、
受け止め再び夏樹にコールし。 代わりに、持っていた教科書を、床へ落とした。)
■静乃「だめよっ、戻って。」
[「バリリリッ・・! ドオォォォォーンッ・・」]
(静乃の耳元で、異空間の“結界”の天井が突き破られ、
別の異空間へと続く空間通路へ。 “闇”に誘われ、夏樹の身体が風と投げ出される、
-5-
激しい音がし、息を飲んだ。)
■静乃「・・・っ!」
■夏樹[「同じ手は、くわない。」]
***
(夏樹は、不安定な空間の狭間で。 激しい気流の中、
逃げ惑う“闇”を追った。)
バリバリバリッ ビュワッ・・!
(異空間の壁が、ガラスの破片の様に、砕け。 頭上に
降り注ぐ。 後方を振り返り。 右手から湧き出る風を起こすと、
遠ざかる、先程まで自分の居た、聖の創り出す異空間へロープの様に風を流す。)
(風を線路わきの、ガードレールの端へくくりつけ。 微笑み、
今度は左手から湧き起こす風で、逃げてゆく“闇”を捕らえ。 自分の方へ
引き戻した。)
■夏樹「逃げるのはフェアじゃない。 望みの通り、僕も逃げない。」
「手加減は、しない。」
ゴワッ・・
バリリッ・・! パキンッ・・ バリバリバリッ!
(風は、“闇”を巻き込み。 異空間をきりもみし、回転して。 いくつもの、
流れゆく。 結界の。 創り出す、偽物の風見市の景色を通り過ぎては。
結界の壁を打ち破り。 七色に光る破片と、黒く燃える羽根を辺りにまき散らし、
元居た風見ヶ丘の崩れかけた異空間へ。 深い紺色の瞳が輝く視線の先で、
白い腕がのばす先へ。 夏樹は自身の身体に、“闇”を引き寄せた。)
-6-
【ガァァァァー・・ッ!】
(息もつかぬ間に、“闇”は、引き戻され。
再び飛び立とうと、炎の翼を動かしたが、風に捕えられた翼は。
夏樹の操る動きに、強まる風の力で。 鈍い音を立て、折れた。)
■静乃[「・・!」]
バキッ・・
ガタンッ ガタンッ・・ ガタンッ ガタンッ・・
(“闇”と夏樹が落下する地上で、異空間を横切る電車が、通る。)
■善《闇の力を秘めし鍵》《解き放て》《土の砦》
プワーンッ
(警笛が鳴り響く、線路の上に。 夏樹と“闇”は落下し、目の前に来た電車は。
同時に、線路下から岩の様にせり上がる土に押し上げられ。 天高く、
先頭車両から空に一旦、浮かび上がると。)
ボコボコボコッ・・ キキキーッ バキバキバキッ・・!
ズズーンッ・・
(着地した夏樹の上に、地響きを上げ落下した。)
***
■静乃「・・・ああ・・っ。」
(一瞬の出来事に、静乃の手は震え。 通信機を、まったく
操作出来なかった。)
(応援を呼ぶことも出来ずに、粉々に砕けた。 異空間の結界を
-7-
モニターで見つめ。)
(破壊し尽された全車両が、夏樹の立っていた、1点に集中し、
落下し。 瓦礫と土塊が、山となっている様子に。 震えた。)
■静乃「・・計器が・・、振り切れてる・・。」
「夏樹くん・・!」
「・・夏樹くん・・!」
***
ピッ
■夏樹「静乃さん。」
「この子、何組の生徒だろうね? 分かる?」
(夏樹は、瓦礫の中から身体を起こし、腕時計に応答して、
そっと。 腕の中に抱える、一人の少女を見つめた。)
■夏樹「こんな子から、あんな大きな“闇”が生まれるんだ。」
「ふぅ。 “時の欠片”もそんなに大きくないのに、
どうしてだろうね?」
***
■静乃「・・! 夏樹くん・・っ!
良かった・・。 無事だったのね・・?」
■夏樹[「聖が邪魔しなければ、もう少し楽だったのにな。」]
-8-
(通信機の向こうの夏樹が、いつも通りで。 静乃は驚きつつ安堵した。)
■夏樹[「やっと、もとの姿に戻せてよかった・・。」]
■静乃「・・・っ。 そうね。」
(込み上げた涙をこらえ、静乃は微笑んだ。)
■静乃「待ってて、すぐに菖蒲くんに迎えに行ってもらうから。」
「授業が始まるまでに、戻ってくるのよ。」
(静乃は笑顔で、通話を切った。)
***
■夏樹「え・・? 休ませてくれないんだ。」
「くっくっ。 静乃さんも、けっこう鬼だね?」
(夏樹は、風見ヶ丘高校の制服を着た、少女をそっと。 安全な場所に横たえ、
立ち上がり。 肩についた結界の破片や、土埃を払った。)
■夏樹「はぁ。 これだけ壊したら、聖に叱られるかと思ったけど。」
「怒って現れないところを見ると、好きにやっていいってことかな?」
パリリッ
(破片は、足元で、七色に光り落ちた。)
■夏樹「これが現実だったらと思うと、ぞっとする。 聖に感謝しないとな。」
(夏樹は、砕けた、車両の残骸を見て、目を細めた。)
-9-
■夏樹「まだ、姿を見せないのか? あの“魔法陣”の主は誰だ?」
「“欠片”が目的じゃないのか・・。 それとも、僕を試しているのか・・。」
(夏樹を、疲労感が包み。 そっと、壊れたブロック塀の上に、
腰を下ろした。)
■夏樹『“闇”を閉じ込める異空間なら、現実の世界とは違う。 何が壊されても、平気だ。』
『けど、
見慣れた景色が壊れるのは、幻だとわかっていても。 こたえるな・・。』
(夏樹は、白い両手で、静かに顔を覆い、目を閉じた。)
(うつむき座る、細い背中を。 癒す様に、土埃を含む風が、静かに撫でた。)
***
■菖蒲「かしこまりました。 すぐにお迎えに参ります。」
(知らせを受けた菖蒲は、千波の言い付けで。 訪れていた本部から、
戻ろうと。 天井の高い、巨大な玄関ロビーを足早に移動した。)
(高層ビル最上階へ続く、吹き抜けの天井に。 張り巡らされた
四角いガラス窓から射し込む日差しが、眩しく頭上を照らしても。)
(大理石の床を進む菖蒲の心は晴れなかった。)
ガガッ
(巨大な正面扉が開き。 流れ込む風が、菖蒲の黒い後ろ髪を、
後方へ押し流した。)
ヒュアッ・・
-10-
■菖蒲「・・? あなたは。」
(風に目を開けた菖蒲の前に。 見かけぬ一人の男性が立っていた。)
■狐次郎「ひっひっひっ。」
「あんたがFOT No.0-3殿か~?」
(ひょろ長い背丈の男性は、歳は離れていない様だが。
どこか重心がずれている様に、奇妙な歩幅で。 菖蒲の側に近寄った。)
■菖蒲「・・。 何ですか?」
「ここはFOTの本部。 どちらの能力者様か、存じ上げませんが。
あまり目立った行動は避けられた方が、良いのではありませんか?」
(男性は、気にせず。 薄ら笑いを浮かべ、菖蒲の整い。 艶やかな燕尾服の
襟元に触れた。)
■狐次郎「ひっひっ。 能力者に専属の護衛をつけるた~、VIP様は大した身分さー。」
「つってもー、そいつを守るっつーよりも、そいつを暴走させねーって、
役割があるっつーう・わ・さ。 だぜー。」
「まーよ、俺が能力者だって気づいたのは、大したもんだけどよ。」
「あんた一番話し易そうだかんな~、夏樹のために、忠告しに来てやったのよ。」
(菖蒲は瞬き、この奇妙な。 短い赤毛の男の、話に耳を傾けた。)
■菖蒲「え? 何ですって・・?」
■狐次郎「ひっひっ。 ぬか喜びしてんなよ・・。 よーく言っとけ。」
-11-
■狐次郎「国家指定の能力者を、理由なく野放しにすると思うか~?」
(菖蒲の黒い瞳が、四角い黒縁眼鏡の奥で、揺れた。)
■狐次郎「ひっひっ。 おめーは、おめーのご主人さまを、自由にしてもらえたと
思ってんのか~?」
「そう思ってんならよー。 お人好しだ。 利用されてるだけだぜ。
おまけに、夏樹は、石垣首相くんにも。 目~つけられてる。 誰が逃がすか?」
「あのお嬢ちゃんを守ろうなんてよー、丁度良い理由つけて。 街に泳がせてるだけさ~。」
「証拠によぅ。 聖の兄ちゃんは、あいつを止めね~さ。」
「“闇”はまた、動き出しただろうがー。 ひっひっ。」
「あんな力の使い方してたらよぅ。 あいつ、もたねーぜ。」
(不吉な男性の言葉に、菖蒲は白手袋の手を上げ、制すと。 鋭い視線を返した。)
■菖蒲「・・その様なことはありません。」
「これ以上私に関わるのなら、本部に報告を上げねばなりませんよ。」
(男は薄ら笑いを浮かべ、すごすごと、菖蒲から距離を置き、引き下がった。)
■狐次郎「へいへいっ。 さすが、専属執事様、こえーこえーっ。 ひっひっ。」
(男は去りながら、後ろを振り向き、喋り続けた。)
■狐次郎「せいぜい、国の連中に、捕まらねーように気を付けろよ。 生きて帰れね~ぜ。」
「FOTが国家公認だからってよぅ、国はおめーらの味方じゃね~っつーこった。」
-12-
■狐次郎「狐次郎が、遊びに来たと。 あいつに言っとけ。」
(そう名乗った男は、奇妙に傾いた歩幅で。 本部の前から消えた。)
■菖蒲「・・・。 何なんでしょうか、あの人は。」
「はっ、そんな場合じゃありませんよ。」
(菖蒲は気を取り直し、リムジンを停めた、空間通路を目指し。 本部横の道を、
奥へ進んだ。)
■菖蒲「聖様・・。」
「夏樹様にご無理をさせない、秘策があるからと、おっしゃっていたのに・・。」
「これでは、逆効果じゃありませんかっ。」
「・・聖様の施された力を破って、戦うなど。」
「千波様の代わりに、私がしっかりと、叱らなければ・・。」
***
シュンッ バタンッ・・
(異空間の通路を走り。 菖蒲は急ぎ、白いリムジンから降りた。)
■菖蒲「言って差し上げなければ、なりません。」
「言って・・。」
(だが、現場である異空間に辿り着いた菖蒲は、夏樹を叱ろうと思っていた言葉を。
一瞬で忘れ。)
(目の前に広がる、信じがたい光景に。 黒縁眼鏡の奥の瞳を、大きく見開いた。)
-13-
パリンッ・・
(黒い皮靴が、踏み締める地面には、不思議に七色に光る。 薄氷の様な、
剥がれ落ちた。 空間の天井が、砕け。 破壊された地面は、瓦礫で覆われていた。)
(何よりも、ガードレールの向こうに。 せり上がる、天高く突き出た
折れまがる線路が。 地面と隆起し。 その下には。)
(窓ガラスと車体が粉々に砕けた、電車の車両が。 何かを狙う様に、
ひと塊に、地面に突き刺さっていた。)
■菖蒲『・・・!』
(菖蒲は言葉が出ず。 それらの瓦礫の前で、小さく。 腰を下ろしている夏樹を、
視界に捉え。 走り出した。)
■菖蒲「夏樹様・・っ!」
ダッ・・
■菖蒲「ご無事で・・?」
■夏樹「うん。 女の子は無事だった。 紫苑さんは心配してなかった?」
(夏樹は、目の前に駆け寄った菖蒲を見て、微笑んだ。)
■菖蒲「あ、はい。 あの、いえ。 そうじゃなくて、夏樹様は・・?」
■夏樹「ああ~、それがそうでもないよ。」
■菖蒲「えっ・・!」
■夏樹「これ。 替えある?」
(夏樹は気まずそうに、下ろして間もない。 風見ヶ丘高校の夏服のシャツを指さした。)
-14-
■菖蒲「・・はっ、はい。 千波様からご用意するように、先程ご連絡が。」
■夏樹「ははっ、何でわかったのかな?」
(気軽に笑い、立ち上がろうと僅かに腰を上げ。)
(途端。 夏樹は、側に立っていた、菖蒲の。 燕尾服の腕を、左手で掴んだ。)
■菖蒲「・・?」
「夏樹様・・?」
(触れた腕に、力がこもった気がして。 そっと、夏樹の顔を覗いた。)
■菖蒲『・・夏樹様。』
(夏樹はうつむき、目を閉じ、右手で胸元を掴んでいた。)
チリンッ・・
(小さな金属音が。 服の内側で鳴った。 夏樹はまだ、菖蒲の腕を掴んでいた。)
■菖蒲「どうか、なさいましたか・・?」
(菖蒲は間近により、不安を覚えながら。 蒼白な程白い、顔を見つめた。)
ドクンッ
(夏樹の胸は、不思議に高鳴り。 鼓動した。)
■夏樹「・・ひどい通学路だな。」
『僕らがいなければ、現実の世界が。 こうなる。』
(深い紺色の瞳が、静かに開いた。)
-15-
■夏樹「菖蒲・・。 僕らがいなければ、現実の世界が。 こうなる。」
「そう思っただけで。」
「僕がここに居る価値もあるって、思ってもいいかな?」
(微笑む深い紺色の瞳は、優しく揺れ。 足元に砕け、周囲を照らす、
結界の破片のせいか。 菖蒲には、きらきらと儚く、輝いて見えた。)
■菖蒲「夏樹様・・。 はい、そう思います。」
(頷く菖蒲を見て、夏樹は微笑み。 力を込め、立ち上がった。)
■夏樹「行こう。」
シュオッ・・ コオォォォーッ
(夏樹は、異空間の結界を解き。 現実の、風見ヶ丘へ。
菖蒲と共に戻った。)
シュンッ
(異空間から現実に戻った夏樹の前に、広がる。 いつも通りの通学路が。)
(二人を笑顔にした。)
■夏樹「急ごうか? サボったら、静乃さんに怒られる。」
■菖蒲「はい。」
(菖蒲は頷き、歩き出した主人の背中と、
目の前に広がる。 風見ヶ丘の校舎。 そして、そのまま無傷のガードレール脇の線路。
丘の下に広がる、風見市の街並みを見つめ。 微笑んだ。)
■菖蒲『価値・・? 夏樹様。』
-16-
■菖蒲『私たちの存在は、人知れるものではありません。』
『しかし・・。』
『これだけの人達を守って来たのです。 そして、これからも・・。』
『それはとても、価値のあることに。 違いありません。』
***
***
トクンッ・・
トクンッ・・
***
***
カタンカタンッ カタンカタンッ
(ガードレールの向こうを電車が通り。 ピュアはクリーム色の
可愛らしい靴で爪先立つと、思い切り指をさして嬉しそうにソラに振り返った。)
■ピュア「ソラさまっv あれは何ですか?
人が乗ってますよっ!」
(青空の下の風見ヶ丘を上り、ソラは。 うきうきと前を行くピュアの。
ふわふわと丸い、綿を包み込み膨らむドレスと。
クリーム色に、カールし、腰までも届く。 柔らかな髪が揺れるのを見た。)
■ソラ「んっ? あ~、あれは電車だ。」
「車とか、電車とか・・乗らね~のか?」
-17-
■ピュア「んん~っv はいですっ!v 飛んだほうが早いですね。
魔法とかv 羽根のある動物に乗るですよ。」
■ソラ「マジか・・?」
■ピュア「はいっv」
(ピュアは言うと、細かなレースの見える袖元をまくり。 少し気合いを入れる風に、
咳払いしてみせた。)
■ピュア「(んんっv)」
■ソラ「・・あ~、あれだ。 実演しようとしてる?」
「もう昨日ので十分だから・・; お前が泡まみれにした俺の寝室・・。」
「さっきまで掃除してたの、さすがに俺。 忘れね~。」
(ソラは脱力し。 あきれ顔で、水色の瞳を揺らした。)
■ピュア「くすくすくすっv ピュア思い出しますv ソラさまとっ、お城でこっそり。
《闇の魔術》を練習したこと! ピュアが失敗するたびv ソラさまのせいに
しましたよねっ!」
(何やら思い出に浸っているらしいピュアをソラは、真顔で見た。)
■ソラ「・・楽しくなさそうな思い出だなおい・・。 まったく覚えてね~から。
腹も立たねーけど。」
「で、俺は何をすれば良い?」
-18-
(ソラは、話を聞く体勢を完全に整えた様子で。
坂道の途中にある。 通り沿いのブロック塀に背をもたれ。 鞄を下に投げると。
この風変わりな服装の少女に、正面から向き直った。)
■ピュア「でもっ、ソラさまっ。 今朝は、学校というところへ行くとv
遅刻しそうだと。 慌てていましたですが?v」
■ソラ「・・。 お前な、道々。 今のいままで、お前の話聞いてて、
力を貸さないほど俺は馬鹿じゃね~。」
(ピュアは、感じ入った様子で、クリーム色の長い睫毛を瞬かせた。)
■ピュア「ソラさまっ!///;; 信じてくださるんですかっv///」
■ソラ「話は、俺に関係あるんじゃねーか。」
「親父や、お袋がいたことも夢で。 俺が、この世界の住人じゃね~とか。
ちょっと普通じゃ考えられね~話だけど。」
「昨日、俺が見た怪物は、間違いなく存在した。」
(ソラは昨晩の白昼夢の中で、破壊された寝室の瓦礫が切った頬の傷跡を
手でなぞった。)
■ソラ「何より、お前は嘘をついてない。」
「困ってんだろ?」
(ソラの水色の瞳は迷いなく。 ピュアを見つめ、鮮やかな水色の髪に、輝く笑顔が、
太陽に照らし出される様子は。 ピュアの知るソラそのもので、ピュアの心を動かした。)
■ピュア『ソラさま・・っ!///;;』
-19-
■ピュア「ピュアはっ・・!; ピュアはもうダメかと思いましたっ!///」
「あの日・・っ、《花祭り》の日に咲いた。 《聖なる花》は・・;
次々に枯れてしまっています~っ///;;」
■ソラ『花祭り・・?』
サァァァァーッ
(ソラの脳裏に、何かが過ぎる気がした。)
■ソラ『なんだ? そういえば、今年は夏祭りに行こうって、ミイと約束してた・・。』
(瞬きしたソラの瞳に。 淡い薄ピンクの花びらが、舞い飛んだ。)
■ソラ『・・約束・・。』
■ピュア「退位の時期を迎えられた、女王サラさまのお力がっ・・弱まっているのです;」
「それなのにっ///;;」
「ソラさまの《戴冠式》は、《闇の魔女》の《呪い》で、失敗しましたっ;」
ゴオォーン・・
■ソラ『んっ・・。』
キンコンカンコーン・・ キンコンカンコーン
■ソラ『鐘の音・・? チャイムか・・?』
(ソラは、耳元で聞こえた鐘の音に、思わず耳をふさいだが。 同時に聞こえた、
1時間目の終了を知らせるチャイムに。 はっとして顔を上げた。)
■ソラ「つまり、俺が、《戴冠式》ってのを出来なかったから。」
-20-
■ソラ「俺の力が、花が咲く“樹”に行かねえってことだろ?」
『俺に、そんな力があるとは、想像できもしないが。』
『こいつの言う、エアリエルという国では。』
『王の力が“樹”に注がれて、その“樹”から、人が生まれるらしい。』
「けど、話聞いてたら。
どうやら、俺が失敗したのは、俺じゃだめだって。 意味じゃね~のか?」
(力になりたいものの、簡単にはいかない状況に。
ソラは腕を組んだ。)
■ソラ「俺がこの状況を理解して、お前の国に行ったところで。 ダメだってことだろ?」
「っ、なんかな~? 次期王とか、お前に言われて
わくわくしたけど、想像と違うなこりゃ。」
「おまけに命が掛かってるわけだ?」
(ソラは、ブロック塀にもたれ、うつむき考えたが。 瞬く水色の瞳は、煌めいた。)
■ソラ「で、俺が王になるには、どうしたらいい?」
(水色の瞳に見つめられ、ピュアは頷いた。)
■ピュア「《闇の力》を消すことです。」
「ソラさま。 エアリエルには昔々、2種類の“樹”が存在していました。」
「それぞれの“樹”には、それぞれの“樹”から生まれた王がおり。 2つの力が」
-21-
■ピュア「注がれていたのです。」
(ピュアは目を閉じ。 懐かしい我が国を思い出す様に、記憶を無くしてしまった
ソラへ、聞かせる様に。 ゆっくりと、語り始めた。)
(祈り組んだ両手の袖元から、細かなレースが覗き。 柔らかな髪が、
風に揺れる。)
■ピュア「《光の樹》と、《闇の樹》です。 それぞれの王にはまた、それぞれの力に属する
魔法使いが仕えていました。」
「かつて、《闇の樹》を守るべき《闇の魔女》が、自らの手で《闇の王》を
葬るまでは・・。」
(ピュアは小さく息を飲んだ。)
■ピュア「王を失えば、“樹”は枯れます。」
「《闇の樹》は、すべて滅びました・・。」
(組んだ手は、小さく震えた。)
■ピュア「残されたのは、《光の力》だけ。」
「ですから、次の王は、《光の樹》から生まれたソラさまが継ぐべきです。」
「しかし魔女は狡猾で、本来、自らが触れることのできない力の《光の樹》をも
滅ぼす切り札を持っていました。」
「魔女はたった一つ、
自らの力と引き換えに。 滅びたはずの、最後の《闇の鍵》を隠し持っていたのです。」
-22-
(ピュアは静かに、クリーム色の瞳を開いた。)
■ピュア「《鍵》は《闇の樹》の種。 命の源です。」
「戴冠式の日、魔女は、自らの中に眠らせていた《鍵》を解放しました。」
「《国》は、《闇の力》の存在を認識してしまった。」
(ソラは、静かに通りのブロック塀に背をもたれ、
真剣な瞳で、耳を傾けていた。)
***
(その場所は、ちょうど。 先ほど壊れた風見ヶ丘の異空間の中。
夏樹が腰を下ろしていた、崩れたブロック塀だった。)
トクン・・
***
■ピュア「そして古くより、光と闇は、交互に存在した・・。」
「闇の力が存在する限り、《光》の次には、《闇》を正統な王とする・・。;;」
「今の女王サラさまは、《光》の力に属すお方です。;」
(ソラは、苦い表情でため息をし、頬杖をついた。)
■ソラ「つまり、俺じゃだめってわけだ。」
(ピュアは涙ぐんだ。)
■ピュア「はいです~っ///;;」
「力を注げる王が、存在しないのに。」
-23-
■ピュア「《闇》が消えない限り。 《光》を王と認めないのです。」
「そして、魔女は念入りに、《鍵》を、壊されぬよう、この異界の地に
隠しました。」
「《魔女の力》を、小さな《時の欠片》に入れ。 消えることの無いよう、世界中に
降らせました。」
***
トクン・・
***
(ソラは、自分に言い聞かせるように、幾度か頷き。
不安げなピュアの瞳を、見つめた。)
■ソラ「で、それがどんな形のものか、
まったく手掛かりがねーのに。 俺と。 お前は、この地上に探しに来たと。」
■ピュア「はいっ!v それから、姫巫女さまも一緒ですっv」
「見つけた“欠片”を、巫女さまなら浄化できるはずですっ!v」
「手掛かりが、ないわけじゃありませんようっv」
「見てくださいっ!v ソラさまっv」
「この街の景色・・っv」
(ピュアはスキップする、軽やかな足取りで、ソラの前を走り。 線路脇の
ガードレールに身を乗り出すと、眼下に広がる風見市の街の景色に頬を染めた。
包み込むドレスがふわりと揺れ。 ニーハイソックスの細い脚で
-24-
つま先立ち、ソラに振り返った。)
■ピュア「エアリエルに似てますっv」
「ほらっv あそこが“砂界”と呼ばれる、砂漠の海v あそこが、ドラゴンの巣がある
青の森v それに宮殿っ!v」
(ピュアは言いながら、嬉しそうに次々と、小高く見晴らしの良い風見ヶ丘から
見える景色を、ガードレールから乗りださんばかりに大きく手を伸ばし。 指さした。)
■ソラ「くっくっ、うそつけ。 どこに砂漠が、ドラゴンの森が、
宮殿があるんだよ?」
(ピュアをからかうも、ソラにはワクワクする気持ちが込み上げた。)
■ピュア「宮殿ならv ソラさまが今向かっているじゃありませんかっ?」
「《がっこう》ですよv」
「ちょうどこんな風に、見渡せる場所にあります!」
(ピュアの言葉に、ソラは想像した。)
(目を閉じてみる。 潮風が、水色に染まる髪を揺らし、高く照りつける太陽が、
閉じた瞳の奥にも。 眩しさを運ぶ。)
■ソラ「そこに、俺を待ってる人がいたりするのか?」
(目を閉じたまま。 ソラは、つぶやいた。)
■ソラ『ワクワクすることを待ってた。 でもきっとこれは、想像と違う。』
『俺に出来ることは、この街だけじゃねー、こいつの国と。 その先の未来まで助ける。』
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■ソラ『俺は、・・。 このくらい、ワクワクすることを、待ってたんだよ。』
(ピュアは大きく頷いた。)
■ピュア「はいですv 王子さまですからねっv」
■ソラ「・・んな柄じゃね~。」
「けど、悪くね~な。」
(ソラはニッと笑い、足元の鞄を拾い上げ。 歩き出した。)
タッ
■ピュア「まずはv 記憶を思い出してくださいね~v」
「ピュア付きっ切りでそばにいますからっv」
■ソラ「・・はぁっ!?/// それはまずいだろっ、とりあえず家に帰れよ。」
■ピュア「ええ?;;」
■ソラ「お前っ、自分の格好を見ろ! 言っちゃなんだが、一緒にお前の国から来たにしては、
俺の方が完全に普通だろ?」
■ピュア「これは・・気に入ってるから・・;;///」
■ソラ「・・・。 好みの問題じゃねー・・。」
(もめているうちに、2人は校門の前まで来てしまった。)
■ピュア「わかりましたよっ! 行ってらっしゃいですv」
(ピュアはしぶしぶ、ソラを見送り手を振った。)
-26-
***
■菖蒲「行ってらっしゃいませ。 夏樹様。」
(菖蒲は、校門の近くで、夏樹を見送った。)
(校内に入れば、FOTメンバーも、静乃も中に居る。 また、学校へ通い始められる
夏樹を、見送ることは。 菖蒲には嬉しいことだった。)
■菖蒲「今日も、良い天気ですね。」
(温かな日差しに、黒縁眼鏡の奥の瞳が微笑み。 坂道の下から、
風が、細い黒髪を揺らした。)
***
サァァァァーッ
■ソラ「・・“欠片”に・・。」
「“鍵”・・か。」
(ソラは囁き、門をくぐった。)
■ソラ「見つけて・・壊す。」
『どうやって?』
『何の力もない俺に、出来るのか・・?』
トッ
(ソラはふと、聞こえた足音に
右手側を振り返った。)
■ソラ「・・・。」
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■ソラ『ん・・?』
(どうやら見ると。 同じ2年生らしい少年が。 すぐそばに立っていた。)
■ソラ『な~んだ、俺と同じく、遅刻のやつがいるじゃね~か。』
***
チリッ・・
(色白の少年は、何やら考えにふけっている様子で。 伏し目がちに、うつむき。
シャツの胸元に、驚くほど白い左手で触れたまま。 静かに立ち止まっていた。)
■夏樹「・・・。」
(近くでソラが見ていることに気づくと。
目を開け。 ソラの方へ振り返った。)
***
■ソラ『!』
(振り向いた、少年の。 透き通るほど蒼白な顔に。
射る様な強い、深い紺色の瞳の視線。)
(ソラは思わず息を飲んだ。)
■ソラ「・・っ、おい、お前っ。」
トッ・・
(声をかけようと手を伸ばしたが。 少年は、一瞬で、目を逸らすと。
ソラの前から歩き出し、校内へ向かってしまった。)
(そばに立ったわずかな瞬間。 僅かに触れたソラを、
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不思議な光が、包み込んだ。)
(僅かな瞬間、その場が、まるで。 スポットライトに照らされた様に、
温かな光に満ち。 少年の態度と裏腹に、ソラの心に力を与えた。)
■ソラ「くっくっ、面白え~やつ。」
「あれ、A組の転校生じゃね~か?」
「ミイが言ってたやつだ。」
タッタッタッ
(ソラに気づき、一人の少女が、校内から駆け寄って来た。)
■ミイ「ソラ~っ! 次の授業始まっちゃうよっ!」
(オレンジ色の短い髪の可愛らしい少女が、ソラの前で立ち止まった。)
■ソラ「お~、ミイ。
今、お前が気にしてたやつに会ったぜ。」
■ミイ「ええ~っ!/// もしかしてあの絵のっ?///」
「サインもらった?」
■ソラ「もらうかっ、馬鹿。」
(言うと、大きな手が、ミイのオレンジ色の髪の頭を小突いた。)
■ミイ「なにようっ///;」
■ソラ「おい、ミイ。 今夜俺の家に来い。」
ズザッ
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(ミイは突然、ソラから距離をとり、両腕で自身をガードした。)
■ソラ「あはっ! クマは連れて来ても良い。」
■ミイ「ほんとっ?///;」
■ソラ「お前に会わせたいやつがいる。」
(ミイは頬を染め。 ソラの水色の瞳は、太陽の下で輝いた。)
■ミイ「え・・?///」
■ソラ「信じられねーくらいに、わくわくすることだぜっ!」
「もしかしたら、そうだ。 俺と、お前に関係してる。」
(そっと近づき、耳打ちする。 ソラの水色の髪先が、眩い日差しに反射する。)
■ミイ「うん///」
(胸を高鳴らせ。
ビー玉の様に光る、水色の瞳が間近で微笑むのを見つめた。
ミイの茶色の瞳は好奇心に煌めき。 ソラに引き寄せられる様に、小さく頷く。)
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Chapter80
『太陽と月(月)』
Fragment of Time・・・時の欠片の道しるべ
シナリオは、Chapterの各場面です。
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