■誠司「はぁ・・。 はぁっ。」
(誠司は再び。 開け放たれた、広い土地を前に。 立っていた。)
■誠司『今なら、瑠衣君の想いと一緒に。 扉が開く気がした。』
トッ・・
■誠司「は・・!」
(誠司は、息を飲んだ。 目の前に瞬時に。
白い、礼拝堂の様な建物が、姿を現した。)
■誠司「彼らの元へ、通して下さい。」
(誠司が願うと、礼拝堂の扉が、ゆっくりと開いた。)
ギギギギッ・・
■橘「どうぞ。」
(扉の中から、迎え入れる声が聞こえた。)
■橘「・・? これはこれは。」
■橘「私(わたくし)としたことが。」
■橘「主人と共に。 客人を招き入れてしまった様です。」
■誠司「え?」
(誠司が口を開こうとした時。 何者かの気配を背後に感じ、
振り返った。)
■誠司『!』
ゴウッ・・ ガッ
(どこから現れたのか、背の高い男が。 誠司の背後から、扉に手を掛けた。)
■誠司「はっ・・。」
(誠司は、驚き。 肩が触れるほど、間近に現れた男に見入った。)
(流れる銀髪が、誠司の頬に触れる。 すり抜け、建物に先に足を踏み入れた
男は。 すれ違いざま、鋭い金色の瞳で、誠司を見た。)
■聖「・・橘(たちばな)。」
■聖「わざと招き入れるとは、人が悪い。」
■聖「僕は、許した覚えは、無いけどね。」
(男は、疲れた様子で、銀髪を乱したまま。 傍の椅子に深く腰を下ろし、
足を投げ出し。 ギラリと光る瞳で誠司を睨んだ。)
■橘「ほっほっ。 お帰りなさいませ、聖様(ひじりさま)。」
■橘「申し訳ございませぬ。 爺(じい)も年ゆえ。
もうろく致しました。」
(聖は、疑わしいという顔で、笑った。)
■聖「くっくっ。」
■聖「どうぞ。と言ってしまったのかい?」
■聖「おやおや。」
(聖が呆れている間に、誠司は。 扉をくぐり、室内に足を踏み入れた。)
■誠司「あなた方が、《Fragment of Time》(フラグメントオブタイム)」
■誠司「力を貸してくれませんか?」
■誠司「守ってほしい人がいます。」
(一方的に迫る誠司に、聖は首を振り、呆れた様子で片手で顔を覆った。)
■聖「・・橘。 君が招き入れたおかげで。」
■聖「彼は、結界を通り抜けたよ。」
(聖は、面倒くさそうに、指の間から。 横目で橘に視線を送ると。
付け加えた。)
■聖「おまけに、しつこそうだ。」
(誠司は、一歩も引かぬ覚悟で、聖の前に。 歩み出た。)
■誠司「春日誠司(かすがせいじ)と申します。」
■誠司「ご存知の通り。」
■誠司「国が、特別な能力者を集めていると。」
■誠司「彼らの力を、国に悪用されぬよう、あなた方が、極秘に。
能力者を保護していると聞きました。」
(橘は、穏やかに微笑んだ。)
■橘「ここは、平凡な保護施設。」
私共(わたくしども)には、あいにく、関係の無いことでございます。」
(橘は、誠司の出方を見た。)
■誠司「知っています。
あなた方が、国の特別な部隊よりも、優秀な能力者であるということも。
国の追手から、守ってもらいたい人がいるのです。」
(橘は、誠司を見つめ。 聖に目配せした。)
■聖「誠司君。」
■聖「能力者というのは、知っての通り。 ろくな奴じゃない。」
■聖「なぜ、僕らなら守ってくれると思うんだい?」
■聖「僕らも、君を悩ませる奴らと同じ人種さ。」
(誠司は微笑んだ。)
■誠司「同じ『人間』という意味でなら。 分かります。」
■誠司「あなたなら、守ってくれる。」
■誠司「勘(かん)です。」
(今度は、聖が驚く番だった。 誠司は、見返りに大金を差し出すでもなく、
ただ良心を信じていた。 聖が、見返りにより動く人間でないことを知っていた。)
■聖「くっくっ。 僕になんの得がある? 僕は、はい。とは言っていないよ。」
(聖は、嬉しそうに肩を揺らし。 誠司に背を向けた。)
■誠司「! 何度でも来ます。」
■誠司「はい。と言ってくれるまで。」
(誠司は、眩く白い礼拝堂の奥へ。 姿を消す、白いスーツの後姿を。
流れる長い銀髪が、煌めくのを見守った。)
(返事はもらえなかった。 だが、扉は開かれたのだ。)
■誠司「彼女を、生まれてくる子供たちを。」
■誠司「守らなければ、ならない。」
***
■千歳『穏やかな時が。』
■千歳『このまま続けば。』
■千歳『そう思ってた。』
(依子の家に、異変が起こったのは、程なくしてからだった。)
■千歳『二人に、物心がつきはじめたころ・・。』
■千歳『何者かが、やって来た。』
ガタンッ
バタタタッ・・!
■依子「千歳(ちとせ)・・! 起きて。」
■依子「子供たちを連れて、裏口へ。」
(真夜中の事だった。 家屋の中へ、侵入してくる足音が聞こえる。)
■千歳「きゃっ・・。」
(依子は、千歳を引き起こした。 小声で、指示を出すと。 身を低くし、押し出す。)
(目覚めた千歳は、屋敷内の空気の異変に。 神経を研ぎ澄ました。)
■千歳『いつか、そんなことが。 起こる予感がしていた。』
■千歳「夏樹(なつき)。 千波(ちなみ)。」
■千歳「こっちへ。」
(千歳は、寝ぼけている二人を抱きかかえ。
片手で、僅かな身の回りの物を、トランクに放った。)
バキッ ガタタタッ
■市「おんどりゃ~~!! どこのどいつじゃ!」
「叩き切ったる・・!」
ガッ バキッ・・!
■悟(黒服)「・・っ、居ない。 追え・・!」
(依子の家の手練れの者が。 黒服の男達とぶつかり、
家屋を破壊し、肉体が打ち合う音が、暗闇の中に響く。)
ガシャーンッ!!
(柱やふすまが割れ、電気の傘が、砕け。 落ちる。)
(歪んだ灯りが、仄かに男達のシルエットを浮かび上がらせ。
千歳は、恐怖に震えた。)
■小千波「・・ママ・・?」
■千歳「し~。」
(千歳は、目をこする千波を怖がらせないよう。 微笑んだ。)
■小夏樹「・・お母さん。」
(夏樹は、千歳の腕の中で、背後を振り返った。)
■千歳「行こう、夏樹。 大丈夫。」
(三人は、依子に援護され。 夜の闇の中へ、逃げ出した。)
■千歳「はぁっ・・。 はぁっ。」
(親子は追手を避け。 依子の友の者が用意してくれた小さなアパートに身を寄せた。)
(足取りを掴まれぬよう、遠巻きに。 友の者が守ってくれた。)
(途中、千歳は。 仄暗い街灯に浮かぶ、公衆電話に駆け込んだ。)
キイッ カチャンッ
■千歳「はぁっ。」
■千歳『たまらなく、怖かった・・。』
(裸足で。 アスファルトを歩く、
夜露に濡れた草と、石の粒が、足裏を、刺激した。)
(靴は履いて、出られなかった。)
(気丈でと、思ったが。
逃げ切ったと思ったら、途端に。
夜のアスファルトが冷たいせいか、
足先と、指先が震え。
上手くボタンを押せなかった。)
ピッ ピッ トゥルルル トゥルルル
(左手の薬指には、瑠衣からもらった、
桜の指輪が、輝いていた。)
■千歳「誠司さん。」
(電話の相手は、驚いていた。)
■誠司[「! 千歳さん。」]
■誠司[「何かあったのですね・・! 依子(よりこ)さんは傍に? 子供達は・・?」]
■千歳「無事よ・・。」
■千歳「この子に、夏樹に。」
■千歳「瑠衣(るい)と同じような、力があるのを感じる。」
■千歳「どうしたら、いい?
この子はきっと、普通の子ではない。」
■千歳『特別な子。』
■千歳「誠司さん。
わたしは、瑠衣のように、この子を亡くしたくない。」
■千歳「もう、二度と、亡くしたくないの!」
■千歳「わたしは、何も無くしてもかまわない。
この子たちを守りたいの!」
(千歳は、必死だった。 いつも結っている髪は乱れ。
服はほつれ。 頬には、泥がついていた。)
(だが、その瞳は真剣に。 闇夜の中で、前を向き輝いた。)
■誠司[「落ち着いて。」]
■誠司[「扉は、開かれた。」]
■誠司[「必ず、守ってくれます。」]
(誠司の言葉に、千歳は頷いた。)
■千歳「うん。」
カチャンッ キイッ・・
(仄かな公衆電話の灯りの元から、千歳は。 夜の闇の中へ、走った。)
***
***
(それはまた、ある日の記憶だった。)
(雨の日だった。)
(少しでも生活費を浮かそうと、離れたスーパーへ買い物に出かけた。)
サーッ
(雨の中、カッパを着せた千波の手を引き。 買い物袋を下げ、傘を差す千歳は。
滴る雨粒と、重い袋にため息をつき。 止みそうにない雨雲と。
目の前に、頑として動かない夏樹とを。 交互に見て、眉根を寄せた。)
■千歳「夏樹。」
■千歳「連れていけないよ。」
■千歳「置いてきなさい。」
(夏樹は、雨の中。 カッパをかぶり、
小さな手で、重そうに。 柴犬の赤ちゃんを胸元に抱きかかえていた。)
■小夏樹「やだ。」
(雨の中、ずり落ちそうになる柴犬の頭に。 夏樹は顔を寄せ。
深い紺色の瞳が、じっと千歳を見た。)
■千歳「んもうっ!」
■千歳『そんな余裕ないのにっ。』
(千歳は、雨粒に打たれながら、天を仰ぎ。 片手で額を覆った。)
■千歳『捨てられた子犬を見ると、つい放っておけなくなるの。
誰に、似たのかしら・・?』
■小夏樹「やだ。」
(夏樹は諦めない様子で。 千波も、母の袖を引いた。)
■小千波「ママ~・・。」
(二人の顔を見つめ、夏樹の腕の中の子犬を見つめた。)
(小さな柴犬は、耳が垂れ。 目の上と足先。 お腹が茶色で、
黒い毛の子犬だった。)
■千歳『そんな目で見ないで・・;;』
(夜には、子犬は。 家族の一員になっていた。)
「きゅ~ん」
(子犬用ミルクを美味しそうに飲む様子に、夏樹の目は輝いた。)
■千歳「名前はどうする? 夏樹。」
(千歳は、嬉しそうに夏樹を見た。)
■小夏樹「・・ぽんた。」
(千歳は瞬いた。)
■千歳「・・ネーミングセンスがいまいちね。」
(楽しい時間だった。 三人と一匹は、僅かながら、
楽しい時を過ごした。)
■千歳『誕生日を一緒に過ごしたわね。』
(それはまた、別の記憶だった。)
■夏樹「忘れていたなんて・・。」
■夏樹「母の作ってくれた、ケーキの味。」
■夏樹『今なら、一生忘れないと思った。』
(ほんのりと甘い、優しい味だった。)
■千歳「ハッピバースディ トゥ ユー」
(三人の前には、キャンドルの灯る、華やかなケーキがあった。)
■千歳「ハッピバースディ トゥ ユー」
(キャンドルが映す皆の顔は輝き。 笑顔が煌いた。)
■千歳「ハッピバースディ ディア 夏樹~♪ 千波ちゃ~ん♪」
■千歳「ハッピバースディ トゥ ユー!!」
(千歳の歌で、三人は拍手し。 二人は、ろうそくの火を吹き消した。)
(夏樹が楽しみに取っておいたケーキに。 ぽんたが顔を突っ込んだ。)
「きゅんっ」
■小夏樹「あ~っ!;; 僕のケーキ・・!」
■夏樹『僕たちは、幸せだった。』
(千歳と千波は笑った。)
■小千波「きゃははっ///」
■千歳「あははっ。」
(古い家屋に三人と一匹は、つつましく暮らしていた。)
(千歳は、庭先で、ぽんたと遊ぶ子供たちの声に、耳を傾け。
ふと聞こえた足音に、顔を上げた。)
サクッ
■誠司「こんにちは。」
(木戸をくぐり、現れたのは誠司だった。)
■千歳「誠司さんっ!」
(千歳は、嬉しさと戸惑いの混じる顔で、微笑んだ。)
■千歳「また、来てくれたの?」
■千歳「・・気を付けて。」
■千歳「わたしたちに関わって、何かあったら・・!」
■千歳『依子は、代わりに追われる身となった。 わたしたちは、離れ離れになってしまった。』
(誠司は、庭先で遊ぶ夏樹を見た。)
■誠司「夏樹くんに変化は?」
(千歳は微笑んだ。)
■千歳「今のところは。 わたしの思い過ごしかもしれないわ。」
■千歳「瑠衣に似てるから。 不思議な力があるような気がするの。」
■千歳「もしこのまま、夏樹に何も起こらなければ。」
■千歳「国の人たちは、諦(あきら)めてくれる?」
(誠司は、難しい顔で。 首を傾げた。)
■誠司「分かりません。」
■誠司「そうであればと、願います。」
(千歳は、複雑な想いで、頷いた。)
■千歳「うん。 でもね。」
■千歳「いけないって。 わかっているけれど、願ってしまうの。」
■千歳「もし、それが。 瑠衣から受け継いだ力なら。」
■千歳「見てみたいって・・。」
(誠司は驚いた。)
■誠司「千歳さん。」
(千歳は、夏樹の力を否定していなかった。)
■千歳「わたしたちを守るために、戦ってくれた。」
■千歳「彼が好きだったから。」
■千歳「もう一度、彼に触れられるような気がして・・。」
■千歳「でも、きっと。 危険なことが起こる。」
■千歳「誠司さん。」
■千歳「もう一つ、夢があるの。」
■千歳「この子たちがいつか大きくなって、好きな人ができて、恋をして・・。」
■千歳「結婚して。 可愛い孫を抱くのよ。」
■千歳「大きな家族になるの。」
(千歳の瞳は、夢見ながら、潤んだ。)
■千歳「傍で、見ていたい。」
■千歳「離れたくない。」
(誠司の腕の中にいる子供たちを、愛しそうに見た。)
ザザーンッ・・
■千歳『今、悲しみの中にいるなら。 幸せになれるということ。』
(視線の先に、輝く真夏の太陽と。 青空。 青い海が広がっている。)
■千歳『今、孤独なら。 誰かと出会うということ。』
(それは、千歳が、自分を励ますために、口ずさんだ言葉だ。)
■千歳『いつか、あなたの力で。
誰かを守れるように。
大切な人を、愛せるように。』
(千歳の夏樹への想いが、辺りを包む。)
『8月1日(懐古)』
Chapter3『未来』
Fragment of Time・・・時の欠片の道しるべ
シナリオは、Chapter101『8月1日(懐古)』・Chapter102『8月1日(継承)』の各場面です。
■物語全文はこちらから。
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