Scenario

『8月1日(懐古)』

Chapter3『未来』

誠司「はぁ・・。 はぁっ。」

(誠司は再び。 開け放たれた、広い土地を前に。 立っていた。)

誠司『今なら、瑠衣君の想いと一緒に。 扉が開く気がした。』

トッ・・

誠司「は・・!」

(誠司は、息を飲んだ。 目の前に瞬時に。
白い、礼拝堂の様な建物が、姿を現した。)

誠司「彼らの元へ、通して下さい。」

(誠司が願うと、礼拝堂の扉が、ゆっくりと開いた。)

ギギギギッ・・

「どうぞ。」

(扉の中から、迎え入れる声が聞こえた。)

「・・? これはこれは。」

「私(わたくし)としたことが。」

「主人と共に。 客人を招き入れてしまった様です。」

誠司「え?」

(誠司が口を開こうとした時。 何者かの気配を背後に感じ、
振り返った。)

誠司『!』

ゴウッ・・ ガッ

(どこから現れたのか、背の高い男が。 誠司の背後から、扉に手を掛けた。)

誠司「はっ・・。」

(誠司は、驚き。 肩が触れるほど、間近に現れた男に見入った。)

(流れる銀髪が、誠司の頬に触れる。 すり抜け、建物に先に足を踏み入れた
男は。 すれ違いざま、鋭い金色の瞳で、誠司を見た。)

「・・橘(たちばな)。」

「わざと招き入れるとは、人が悪い。」

「僕は、許した覚えは、無いけどね。」

(男は、疲れた様子で、銀髪を乱したまま。 傍の椅子に深く腰を下ろし、
足を投げ出し。 ギラリと光る瞳で誠司を睨んだ。)

「ほっほっ。 お帰りなさいませ、聖様(ひじりさま)。」

「申し訳ございませぬ。 爺(じい)も年ゆえ。

もうろく致しました。」

(聖は、疑わしいという顔で、笑った。)

「くっくっ。」

「どうぞ。と言ってしまったのかい?」

「おやおや。」

(聖が呆れている間に、誠司は。 扉をくぐり、室内に足を踏み入れた。)

誠司「あなた方が、《Fragment of Time》(フラグメントオブタイム)」

誠司「力を貸してくれませんか?」

誠司「守ってほしい人がいます。」

(一方的に迫る誠司に、聖は首を振り、呆れた様子で片手で顔を覆った。)

「・・橘。 君が招き入れたおかげで。」

「彼は、結界を通り抜けたよ。」

(聖は、面倒くさそうに、指の間から。 横目で橘に視線を送ると。
付け加えた。)

「おまけに、しつこそうだ。」

(誠司は、一歩も引かぬ覚悟で、聖の前に。 歩み出た。)

誠司「春日誠司(かすがせいじ)と申します。」

誠司「ご存知の通り。」

誠司「国が、特別な能力者を集めていると。」

誠司「彼らの力を、国に悪用されぬよう、あなた方が、極秘に。

能力者を保護していると聞きました。」

(橘は、穏やかに微笑んだ。)

「ここは、平凡な保護施設。」

私共(わたくしども)には、あいにく、関係の無いことでございます。」

(橘は、誠司の出方を見た。)

誠司「知っています。

あなた方が、国の特別な部隊よりも、優秀な能力者であるということも。

国の追手から、守ってもらいたい人がいるのです。」

(橘は、誠司を見つめ。 聖に目配せした。)

「誠司君。」

「能力者というのは、知っての通り。 ろくな奴じゃない。」

「なぜ、僕らなら守ってくれると思うんだい?」

「僕らも、君を悩ませる奴らと同じ人種さ。」

(誠司は微笑んだ。)

誠司「同じ『人間』という意味でなら。 分かります。」

誠司「あなたなら、守ってくれる。」

誠司「勘(かん)です。」

(今度は、聖が驚く番だった。 誠司は、見返りに大金を差し出すでもなく、
ただ良心を信じていた。 聖が、見返りにより動く人間でないことを知っていた。)

「くっくっ。 僕になんの得がある? 僕は、はい。とは言っていないよ。」

(聖は、嬉しそうに肩を揺らし。 誠司に背を向けた。)

誠司「! 何度でも来ます。」

誠司「はい。と言ってくれるまで。」

(誠司は、眩く白い礼拝堂の奥へ。 姿を消す、白いスーツの後姿を。
流れる長い銀髪が、煌めくのを見守った。)

(返事はもらえなかった。 だが、扉は開かれたのだ。)

誠司「彼女を、生まれてくる子供たちを。」

誠司「守らなければ、ならない。」

***

千歳『穏やかな時が。』

千歳『このまま続けば。』

千歳『そう思ってた。』

(依子の家に、異変が起こったのは、程なくしてからだった。)

千歳『二人に、物心がつきはじめたころ・・。』

千歳『何者かが、やって来た。』

ガタンッ

バタタタッ・・!

依子「千歳(ちとせ)・・! 起きて。」

依子「子供たちを連れて、裏口へ。」

(真夜中の事だった。 家屋の中へ、侵入してくる足音が聞こえる。)

千歳「きゃっ・・。」

(依子は、千歳を引き起こした。 小声で、指示を出すと。 身を低くし、押し出す。)

(目覚めた千歳は、屋敷内の空気の異変に。 神経を研ぎ澄ました。)

千歳『いつか、そんなことが。 起こる予感がしていた。』

千歳「夏樹(なつき)。 千波(ちなみ)。」

千歳「こっちへ。」

(千歳は、寝ぼけている二人を抱きかかえ。
片手で、僅かな身の回りの物を、トランクに放った。)

バキッ ガタタタッ

「おんどりゃ~~!! どこのどいつじゃ!」

「叩き切ったる・・!」

ガッ バキッ・・!

悟(黒服)「・・っ、居ない。 追え・・!」

(依子の家の手練れの者が。 黒服の男達とぶつかり、
家屋を破壊し、肉体が打ち合う音が、暗闇の中に響く。)

ガシャーンッ!!

(柱やふすまが割れ、電気の傘が、砕け。 落ちる。)

(歪んだ灯りが、仄かに男達のシルエットを浮かび上がらせ。
千歳は、恐怖に震えた。)

小千波「・・ママ・・?」

千歳「し~。」

(千歳は、目をこする千波を怖がらせないよう。 微笑んだ。)

小夏樹「・・お母さん。」

(夏樹は、千歳の腕の中で、背後を振り返った。)

千歳「行こう、夏樹。 大丈夫。」

(三人は、依子に援護され。 夜の闇の中へ、逃げ出した。)

千歳「はぁっ・・。 はぁっ。」

(親子は追手を避け。 依子の友の者が用意してくれた小さなアパートに身を寄せた。)

(足取りを掴まれぬよう、遠巻きに。 友の者が守ってくれた。)

(途中、千歳は。 仄暗い街灯に浮かぶ、公衆電話に駆け込んだ。)

キイッ カチャンッ

千歳「はぁっ。」

千歳『たまらなく、怖かった・・。』

(裸足で。 アスファルトを歩く、
夜露に濡れた草と、石の粒が、足裏を、刺激した。)

(靴は履いて、出られなかった。)

(気丈でと、思ったが。
逃げ切ったと思ったら、途端に。

夜のアスファルトが冷たいせいか、
足先と、指先が震え。

上手くボタンを押せなかった。)

ピッ ピッ トゥルルル トゥルルル

(左手の薬指には、瑠衣からもらった、
桜の指輪が、輝いていた。)

千歳「誠司さん。」

(電話の相手は、驚いていた。)

誠司[「! 千歳さん。」]

誠司[「何かあったのですね・・! 依子(よりこ)さんは傍に? 子供達は・・?」]

千歳「無事よ・・。」

千歳「この子に、夏樹に。」

千歳「瑠衣(るい)と同じような、力があるのを感じる。」

千歳「どうしたら、いい?

この子はきっと、普通の子ではない。」

千歳『特別な子。』

千歳「誠司さん。

わたしは、瑠衣のように、この子を亡くしたくない。」

千歳「もう、二度と、亡くしたくないの!」

千歳「わたしは、何も無くしてもかまわない。

この子たちを守りたいの!」

(千歳は、必死だった。 いつも結っている髪は乱れ。
服はほつれ。 頬には、泥がついていた。)

(だが、その瞳は真剣に。 闇夜の中で、前を向き輝いた。)

誠司[「落ち着いて。」]

誠司[「扉は、開かれた。」]

誠司[「必ず、守ってくれます。」]

(誠司の言葉に、千歳は頷いた。)

千歳「うん。」

カチャンッ キイッ・・

(仄かな公衆電話の灯りの元から、千歳は。 夜の闇の中へ、走った。)

***

***

(それはまた、ある日の記憶だった。)

(雨の日だった。)

(少しでも生活費を浮かそうと、離れたスーパーへ買い物に出かけた。)

サーッ

(雨の中、カッパを着せた千波の手を引き。 買い物袋を下げ、傘を差す千歳は。
滴る雨粒と、重い袋にため息をつき。 止みそうにない雨雲と。
目の前に、頑として動かない夏樹とを。 交互に見て、眉根を寄せた。)

千歳「夏樹。」

千歳「連れていけないよ。」

千歳「置いてきなさい。」

(夏樹は、雨の中。 カッパをかぶり、
小さな手で、重そうに。 柴犬の赤ちゃんを胸元に抱きかかえていた。)

小夏樹「やだ。」

(雨の中、ずり落ちそうになる柴犬の頭に。 夏樹は顔を寄せ。
深い紺色の瞳が、じっと千歳を見た。)

千歳「んもうっ!」

千歳『そんな余裕ないのにっ。』

(千歳は、雨粒に打たれながら、天を仰ぎ。 片手で額を覆った。)

千歳『捨てられた子犬を見ると、つい放っておけなくなるの。

誰に、似たのかしら・・?』

小夏樹「やだ。」

(夏樹は諦めない様子で。 千波も、母の袖を引いた。)

小千波「ママ~・・。」

(二人の顔を見つめ、夏樹の腕の中の子犬を見つめた。)

(小さな柴犬は、耳が垂れ。 目の上と足先。 お腹が茶色で、
黒い毛の子犬だった。)

千歳『そんな目で見ないで・・;;』

(夜には、子犬は。 家族の一員になっていた。)

「きゅ~ん」

(子犬用ミルクを美味しそうに飲む様子に、夏樹の目は輝いた。)

千歳「名前はどうする? 夏樹。」

(千歳は、嬉しそうに夏樹を見た。)

小夏樹「・・ぽんた。」

(千歳は瞬いた。)

千歳「・・ネーミングセンスがいまいちね。」

(楽しい時間だった。 三人と一匹は、僅かながら、
楽しい時を過ごした。)

千歳『誕生日を一緒に過ごしたわね。』

(それはまた、別の記憶だった。)

夏樹「忘れていたなんて・・。」

夏樹「母の作ってくれた、ケーキの味。」

夏樹『今なら、一生忘れないと思った。』

(ほんのりと甘い、優しい味だった。)

千歳「ハッピバースディ トゥ ユー」

(三人の前には、キャンドルの灯る、華やかなケーキがあった。)

千歳「ハッピバースディ トゥ ユー」

(キャンドルが映す皆の顔は輝き。 笑顔が煌いた。)

千歳「ハッピバースディ ディア 夏樹~♪ 千波ちゃ~ん♪」

千歳「ハッピバースディ トゥ ユー!!」

(千歳の歌で、三人は拍手し。 二人は、ろうそくの火を吹き消した。)

(夏樹が楽しみに取っておいたケーキに。 ぽんたが顔を突っ込んだ。)

「きゅんっ」

小夏樹「あ~っ!;; 僕のケーキ・・!」

夏樹『僕たちは、幸せだった。』

(千歳と千波は笑った。)

小千波「きゃははっ///」

千歳「あははっ。」

(古い家屋に三人と一匹は、つつましく暮らしていた。)

(千歳は、庭先で、ぽんたと遊ぶ子供たちの声に、耳を傾け。
ふと聞こえた足音に、顔を上げた。)

サクッ

誠司「こんにちは。」

(木戸をくぐり、現れたのは誠司だった。)

千歳「誠司さんっ!」

(千歳は、嬉しさと戸惑いの混じる顔で、微笑んだ。)

千歳「また、来てくれたの?」

千歳「・・気を付けて。」

千歳「わたしたちに関わって、何かあったら・・!」

千歳『依子は、代わりに追われる身となった。 わたしたちは、離れ離れになってしまった。』

(誠司は、庭先で遊ぶ夏樹を見た。)

誠司「夏樹くんに変化は?」

(千歳は微笑んだ。)

千歳「今のところは。 わたしの思い過ごしかもしれないわ。」

千歳「瑠衣に似てるから。 不思議な力があるような気がするの。」

千歳「もしこのまま、夏樹に何も起こらなければ。」

千歳「国の人たちは、諦(あきら)めてくれる?」

(誠司は、難しい顔で。 首を傾げた。)

誠司「分かりません。」

誠司「そうであればと、願います。」

(千歳は、複雑な想いで、頷いた。)

千歳「うん。 でもね。」

千歳「いけないって。 わかっているけれど、願ってしまうの。」

千歳「もし、それが。 瑠衣から受け継いだ力なら。」

千歳「見てみたいって・・。」

(誠司は驚いた。)

誠司「千歳さん。」

(千歳は、夏樹の力を否定していなかった。)

千歳「わたしたちを守るために、戦ってくれた。」

千歳「彼が好きだったから。」

千歳「もう一度、彼に触れられるような気がして・・。」

千歳「でも、きっと。 危険なことが起こる。」

千歳「誠司さん。」

千歳「もう一つ、夢があるの。」

千歳「この子たちがいつか大きくなって、好きな人ができて、恋をして・・。」

千歳「結婚して。 可愛い孫を抱くのよ。」

千歳「大きな家族になるの。」

(千歳の瞳は、夢見ながら、潤んだ。)

千歳「傍で、見ていたい。」

千歳「離れたくない。」

(誠司の腕の中にいる子供たちを、愛しそうに見た。)

ザザーンッ・・

千歳『今、悲しみの中にいるなら。 幸せになれるということ。』

(視線の先に、輝く真夏の太陽と。 青空。 青い海が広がっている。)

千歳『今、孤独なら。 誰かと出会うということ。』

(それは、千歳が、自分を励ますために、口ずさんだ言葉だ。)

千歳『いつか、あなたの力で。

誰かを守れるように。

大切な人を、愛せるように。』

(千歳の夏樹への想いが、辺りを包む。)







『8月1日(懐古)』

Chapter3『未来』

Fragment of Time・・・時の欠片の道しるべ





シナリオは、Chapter101『8月1日(懐古)』・Chapter102『8月1日(継承)』の各場面です。

物語全文はこちらから。

Fragment of Time * 時の欠片の道しるべ

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『8月1日(懐古)』

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