Section2『指輪』
■桜『瑠衣(るい)に出会った瞬間。』
■桜『わくわくしたのを、今でも忘れない。』
■桜『子供のような心を持って。』
■桜『そして、情熱的な人だった。』
■桜『彼の絵を見てすぐ、惹き付けられた。』
トッ トッ
(桜は、木製のドアの前で立ち止まった。)
■桜「closed(クローズド)」
(看板を見て、ドアに手を掛けると。 鍵が開いていた。)
キイッ
■桜「開いてる・・。」
■桜「こんにちは?」
チリンチリン・・
(桜は、思い切ってドアを開いた。)
■桜「・・わぁ。 綺麗。」
(温かな風合い、手作りの店内は。 どこかほっとする。)
(賑やかな通りに面していながら。 中は落ち着いて、
レースのカーテンから覗く、日差しが。 穏やかに、店内を照らしていた。)
(桜はすぐに、四方の壁一面に飾られた絵に、見入った。)
■桜「お店にも、絵を飾っているのね。」
■桜「この景色・・。 外国かしら?」
(スケッチは、小さなものもあり、桜は興味深く。 次第に店の奥に、
夢中で進んだ。)
ガチャッ バンッ バララッ・・
(建物の奥で、部屋のドアが勢いよく開き。 小物が床に落ちる音がした。)
■桜「はっ!」
(桜は、勝手に入ってしまったことに気づき。 我に返り、
絵から顔を上げた。)
ドタタタッ・・!
■千歳「瑠衣っ! なんでにげるのよっ!/// ちょっとまだシャンプー終わってな・・っ。」
■ルイ【あついからいやだっ・・】
■千歳「ああ~っ! はだかでお店にいかないでっ!」
ドタタタッ! ガチャンッ
(桜は何か言う間もなかった。 勝手に入ってしまったことを詫びる間もなく。
大きく口を開けた、桜の目の前に。 シャンプーの泡にまみれ。
湯気を立ち昇らせて。 タオル一枚、巻いただけの。 裸の瑠衣が飛び出した。)
■桜「きゃ~~~っ!!///」
(家中に響く、桜の叫び声の向こうで。 深い紺色の髪から、
湯を滴らせ。 瑠衣は、桜を見ると。 落ち着いた笑顔で、嬉しそうに言った。)
■ルイ【あっ! 桜(さくら)さんだ。】
(後ろから追いかけてきた、千歳は。 店に女性が居ることに、驚いた。)
■千歳「え?///」
***
(騒動の後、顔を真っ赤にし、詫びる千歳が。 ティーパーティーを開いてくれた。)
(先程の出来事を語る輪の中に。 依子も居た。)
■依子「ぷっ、はっはっはっ。」
■依子「彼、彼女が拾ったのよ。
よく捨て犬を拾ってたの。」
(千歳は唇を尖らせた。)
■千歳「・・そんなんじゃないもの。」
(桜は、嬉しそうに話を聞いた。)
■依子「けど、おかげで。 瑠衣(るい)目当てで、来るお客さんもいるんだよ。」
■依子「ま、この通り! この子の料理が美味しいんだけどさ。」
(言うと、依子は、クッキーを頬張った。)
■桜「今度、うちのアトリエに、絵を飾ってみない?」
■桜「もっと見てくれる人が、増えると思うの。」
(桜は、微笑み。 瑠衣と千歳は、嬉しそうに頷いた。)
■ルイ【うん。 お願いする。】
チリンチリン・・
■桜『私たちは、すぐに仲良くなった。』
(ドアの向こうから、もう一人、男性が現れた。)
■誠司「こんにちは。」
(桜は、立ち上がり、招き入れた。)
■桜「誠司(せいじ)さん、こっち。」
(こげ茶色の整った髪。 こげ茶色の瞳が、温かく微笑んだ。)
■誠司「初めまして。 春日誠司(かすがせいじ)です。」
■誠司「よろしく。」
(誠司は、にこやかに。 瑠衣に手を差し出した。)
■ルイ【よろしく。】
(二人は、強く。 手を握り合った。)
■桜『あの時、きっと。』
■桜『私たちが、託されたのは。 絵だけじゃなかった。』
■桜『運命が、私たちを。』
■桜『結びつけてくれた。』
(にこやかな笑い声が響いた。)
***
***
キュッ キュッ
(テーブルを拭く、千歳の隣に。 椅子を引き、瑠衣が腰かけた。)
■千歳「二人とも、幸せそうだったわね。」
■千歳「綺麗な指輪、してた。」
(瑠衣が身を乗り出し、千歳に尋ねた。)
■ルイ【千歳(ちとせ)。 ケッコンって何?】
(千歳は瞬いた。)
■千歳「好きな人と、ずっと一緒にいるって。 誓うことよ。」
■千歳「指輪を贈ったりすることもあるわね。」
■千歳「好きって気持ちを、伝えるの。」
(瑠衣は、瞳を輝かせた。)
■ルイ【分かった。】
(瑠衣は、それから部屋にこもり。 何かに打ち込んでいる様だった。)
(千歳は、瑠衣と居られるだけで嬉しく、それ以上望むことなど、想像していなかった。)
カタンッ
■ルイ【指輪・・。】
(瑠衣は想いを巡らせた。 忘れ去られた記憶の遠く。)
■ルイ【一番大切な指輪は、置いてきた。】
(自分の手を見つめる。 二つの樹が絡み合う、紋章が描かれた、
王家の銀の指輪は。)
(“闇の魔女”に導かれ、異界の門をくぐる時。 宮殿に残して来た。)
(上手く行けば、次の女王となるべき、姫。 リュウジュの元に渡ったはずだ。)
■ルイ【出来た。】
(瑠衣は、一つのキャンバスに想いを込めた。)
(幾重にも重なる、鮮やかなピンク色。 残された僅かな記憶の中に。
今でも鮮明に残る、忘れられない景色。)
■ルイ【喜んでくれるかな・・。】
(瑠衣は最後に、青色を筆に乗せ。 右下に、小さくサインを描いた。)
(青い文字は、流れる様な筆記体で、RUIと書かれていた。)
(いつか、千歳に見せたい景色だった。)
(ピンク色の絵の具を頬に付けたまま。 瑠衣は、家を飛び出した。)
(自分が持っている物など、大したものはない。
千歳のために、出来ることも。)
(それでも、伝えたかった。)
■ルイ【これ・・、ください。】
■岬(店員)「え?」
■ルイ【これ。】
(瑠衣は、ショーウインドーを覗き。 手持ちのお金とにらめっこし、
小さな桜のあしらわれた、銀の指輪を選んだ。)
(宝石は、飾られていなかったが、手作りの風合いが温かく。
花弁が、ピンク色に染まり輝く様子は、瑠衣の描く、
聖なる樹の花に。 似ていた。)
トッ トッ
チリンチリン・・
(瑠衣は、可愛らしくラッピングされた小箱を片手に。
ドアを開けた。)
■ルイ【千歳!】
(瑠衣は待ちきれず、店内を見渡したが、千歳は居なかった。)
ダンッ ダンッ
(二階に駆け上がり、用意していた一枚の絵画を掴むと。
廊下を駆け抜け、奥の部屋のドアを開けた。)
■ルイ【千歳っ!】
■千歳「え? どうしたの、今お洗濯もの、畳もうと思って・・。」
■千歳「きゃっ。」
(瑠衣は、洗濯物を抱えた、千歳の手を取り。
自分の方へ引き寄せた。)
パササッ
■千歳「何?」
■千歳「今でなきゃだめ?」
(千歳の足元に、洗濯物が散らばっても。 瑠衣は、千歳の手を
離さなかった。)
■ルイ【だめ。】
■ルイ【これ、見て。】
(瑠衣は、抱えていたキャンバスの包み紙をはがすと。 千歳の目の前に
差し出した。)
■千歳「わぁ・・!」
■千歳「綺麗・・!」
■千歳「桜の並木かしら? 満開ね。」
(千歳は息を飲み、目の前に花開くキャンバスに見入った。)
■ルイ【ううん。 似てるね。】
■ルイ【僕の生まれた国に、ある花だ。】
■ルイ【聖なる花。】
■ルイ【花祭りの日に、誓うんだ。】
■ルイ【聖なる樹(き)の花の下で。】
■ルイ【そのことを思い出して・・。】
■ルイ【君に、贈りたくて。 この絵を描いた。】
(瑠衣の真剣な瞳に、千歳は、見入られ、頷いた。)
■千歳「うん。」
(瑠衣は、きらきらした深い紺色の瞳で、微笑み。
ポケットからリボンの掛かった小箱を取り出した。)
シュルッ
(箱の中には、リングケースがあった。)
■千歳「!」
(千歳は息を飲んだ。)
■ルイ【これを、君に。】
■千歳「瑠衣・・っ!」
(ケースの中には、桜があしらわれた、小さな指輪が、
入っていた。)
(高価なものでなくとも。 千歳の目には、まるで聖なる樹からこぼれ落ちた花の様に。
きらきらと輝き、眩く。 小さな桜の一輪に。)
(目を開けていられない程。 煌めいて見え。)
■ルイ【僕と、結婚してください。】
(驚きと、戸惑いと。 喜びが混ざり。)
■千歳「・・・っ。」
■ルイ【高価なものを、贈れなくてごめん。】
■ルイ【千歳を幸せに出来るように。】
■ルイ【一生懸命、頑張る。】
(瑠衣は真剣だった。 千歳は、瑠衣が、この世界で生きることが、
どんなものなのか。 簡単ではないことを、まだ良く知らないと分かっていた。)
(それでも、瑠衣の一途さが痛いほど伝わり、その気持ちが分かった。)
■ルイ【誓うよ。】
■ルイ【永遠に。 君と。 生きる。】
(それは、瑠衣の国に伝わる。 おまじないの誓いの言葉だった。)
■ルイ【カフェも、絵もがんばる。】
■ルイ【だから、千歳。 泣かないで。】
(千歳は、いつの間にか泣いていた。)
■千歳「・・っ! わぁぁぁ~んっ///;;」
■千歳「・・っ!」
■千歳「はい。」
■千歳「・・わたしもがんばる。」
■千歳「・・、よろしくお願いします。」
■千歳『瑠衣・・。』
■千歳『大好きよ。』
■千歳『・・、なのに。』
■千歳『どうして、・・。』
■千歳『どうして、ずっと。』
■千歳『一緒に居てくれなかったの・・?』
***
Chapter101
『8月1日(懐古)』
Section2
『指輪』
Fragment of Time・・・時の欠片の道しるべ
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