* Fragment of Time *

時の欠片の道しるべ

Chapter101『8月1日(懐古)』

Section2『指輪』


『瑠衣(るい)に出会った瞬間。』

『わくわくしたのを、今でも忘れない。』

『子供のような心を持って。』

『そして、情熱的な人だった。』

『彼の絵を見てすぐ、惹き付けられた。』

トッ トッ

(桜は、木製のドアの前で立ち止まった。)

「closed(クローズド)」

(看板を見て、ドアに手を掛けると。 鍵が開いていた。)

キイッ

「開いてる・・。」

「こんにちは?」

チリンチリン・・

(桜は、思い切ってドアを開いた。)

「・・わぁ。 綺麗。」

(温かな風合い、手作りの店内は。 どこかほっとする。)

(賑やかな通りに面していながら。 中は落ち着いて、
レースのカーテンから覗く、日差しが。 穏やかに、店内を照らしていた。)

(桜はすぐに、四方の壁一面に飾られた絵に、見入った。)

「お店にも、絵を飾っているのね。」

「この景色・・。 外国かしら?」

(スケッチは、小さなものもあり、桜は興味深く。 次第に店の奥に、
夢中で進んだ。)

ガチャッ バンッ バララッ・・

(建物の奥で、部屋のドアが勢いよく開き。 小物が床に落ちる音がした。)

「はっ!」

(桜は、勝手に入ってしまったことに気づき。 我に返り、
絵から顔を上げた。)

ドタタタッ・・!

千歳「瑠衣っ! なんでにげるのよっ!/// ちょっとまだシャンプー終わってな・・っ。」

ルイ【あついからいやだっ・・】

千歳「ああ~っ! はだかでお店にいかないでっ!」

ドタタタッ! ガチャンッ

(桜は何か言う間もなかった。 勝手に入ってしまったことを詫びる間もなく。
大きく口を開けた、桜の目の前に。 シャンプーの泡にまみれ。
湯気を立ち昇らせて。 タオル一枚、巻いただけの。 裸の瑠衣が飛び出した。)

「きゃ~~~っ!!///」

(家中に響く、桜の叫び声の向こうで。 深い紺色の髪から、
湯を滴らせ。 瑠衣は、桜を見ると。 落ち着いた笑顔で、嬉しそうに言った。)

ルイ【あっ! 桜(さくら)さんだ。】

(後ろから追いかけてきた、千歳は。 店に女性が居ることに、驚いた。)

千歳「え?///」

***

(騒動の後、顔を真っ赤にし、詫びる千歳が。 ティーパーティーを開いてくれた。)

(先程の出来事を語る輪の中に。 依子も居た。)

依子「ぷっ、はっはっはっ。」

依子「彼、彼女が拾ったのよ。

よく捨て犬を拾ってたの。」

(千歳は唇を尖らせた。)

千歳「・・そんなんじゃないもの。」

(桜は、嬉しそうに話を聞いた。)

依子「けど、おかげで。 瑠衣(るい)目当てで、来るお客さんもいるんだよ。」

依子「ま、この通り! この子の料理が美味しいんだけどさ。」

(言うと、依子は、クッキーを頬張った。)

「今度、うちのアトリエに、絵を飾ってみない?」

「もっと見てくれる人が、増えると思うの。」

(桜は、微笑み。 瑠衣と千歳は、嬉しそうに頷いた。)

ルイ【うん。 お願いする。】

チリンチリン・・

『私たちは、すぐに仲良くなった。』

(ドアの向こうから、もう一人、男性が現れた。)

誠司「こんにちは。」

(桜は、立ち上がり、招き入れた。)

「誠司(せいじ)さん、こっち。」

(こげ茶色の整った髪。 こげ茶色の瞳が、温かく微笑んだ。)

誠司「初めまして。 春日誠司(かすがせいじ)です。」

誠司「よろしく。」

(誠司は、にこやかに。 瑠衣に手を差し出した。)

ルイ【よろしく。】

(二人は、強く。 手を握り合った。)

『あの時、きっと。』

『私たちが、託されたのは。 絵だけじゃなかった。』

『運命が、私たちを。』

『結びつけてくれた。』

(にこやかな笑い声が響いた。)

***

***

キュッ キュッ

(テーブルを拭く、千歳の隣に。 椅子を引き、瑠衣が腰かけた。)

千歳「二人とも、幸せそうだったわね。」

千歳「綺麗な指輪、してた。」

(瑠衣が身を乗り出し、千歳に尋ねた。)

ルイ【千歳(ちとせ)。 ケッコンって何?】

(千歳は瞬いた。)

千歳「好きな人と、ずっと一緒にいるって。 誓うことよ。」

千歳「指輪を贈ったりすることもあるわね。」

千歳「好きって気持ちを、伝えるの。」

(瑠衣は、瞳を輝かせた。)

ルイ【分かった。】

(瑠衣は、それから部屋にこもり。 何かに打ち込んでいる様だった。)

(千歳は、瑠衣と居られるだけで嬉しく、それ以上望むことなど、想像していなかった。)

カタンッ

ルイ【指輪・・。】

(瑠衣は想いを巡らせた。 忘れ去られた記憶の遠く。)

ルイ【一番大切な指輪は、置いてきた。】

(自分の手を見つめる。 二つの樹が絡み合う、紋章が描かれた、
王家の銀の指輪は。)

(“闇の魔女”に導かれ、異界の門をくぐる時。 宮殿に残して来た。)

(上手く行けば、次の女王となるべき、姫。 リュウジュの元に渡ったはずだ。)

ルイ【出来た。】

(瑠衣は、一つのキャンバスに想いを込めた。)

(幾重にも重なる、鮮やかなピンク色。 残された僅かな記憶の中に。
今でも鮮明に残る、忘れられない景色。)

ルイ【喜んでくれるかな・・。】

(瑠衣は最後に、青色を筆に乗せ。 右下に、小さくサインを描いた。)

(青い文字は、流れる様な筆記体で、RUIと書かれていた。)

(いつか、千歳に見せたい景色だった。)

(ピンク色の絵の具を頬に付けたまま。 瑠衣は、家を飛び出した。)

(自分が持っている物など、大したものはない。
千歳のために、出来ることも。)

(それでも、伝えたかった。)

ルイ【これ・・、ください。】

岬(店員)「え?」

ルイ【これ。】

(瑠衣は、ショーウインドーを覗き。 手持ちのお金とにらめっこし、
小さな桜のあしらわれた、銀の指輪を選んだ。)

(宝石は、飾られていなかったが、手作りの風合いが温かく。
花弁が、ピンク色に染まり輝く様子は、瑠衣の描く、
聖なる樹の花に。 似ていた。)

トッ トッ

チリンチリン・・

(瑠衣は、可愛らしくラッピングされた小箱を片手に。
ドアを開けた。)

ルイ【千歳!】

(瑠衣は待ちきれず、店内を見渡したが、千歳は居なかった。)

ダンッ ダンッ

(二階に駆け上がり、用意していた一枚の絵画を掴むと。
廊下を駆け抜け、奥の部屋のドアを開けた。)

ルイ【千歳っ!】

千歳「え? どうしたの、今お洗濯もの、畳もうと思って・・。」

千歳「きゃっ。」

(瑠衣は、洗濯物を抱えた、千歳の手を取り。
自分の方へ引き寄せた。)

パササッ

千歳「何?」

千歳「今でなきゃだめ?」

(千歳の足元に、洗濯物が散らばっても。 瑠衣は、千歳の手を
離さなかった。)

ルイ【だめ。】

ルイ【これ、見て。】

(瑠衣は、抱えていたキャンバスの包み紙をはがすと。 千歳の目の前に
差し出した。)

千歳「わぁ・・!」

千歳「綺麗・・!」

千歳「桜の並木かしら? 満開ね。」

(千歳は息を飲み、目の前に花開くキャンバスに見入った。)

ルイ【ううん。 似てるね。】

ルイ【僕の生まれた国に、ある花だ。】

ルイ【聖なる花。】

ルイ【花祭りの日に、誓うんだ。】

ルイ【聖なる樹(き)の花の下で。】

ルイ【そのことを思い出して・・。】

ルイ【君に、贈りたくて。 この絵を描いた。】

(瑠衣の真剣な瞳に、千歳は、見入られ、頷いた。)

千歳「うん。」

(瑠衣は、きらきらした深い紺色の瞳で、微笑み。
ポケットからリボンの掛かった小箱を取り出した。)

シュルッ

(箱の中には、リングケースがあった。)

千歳「!」

(千歳は息を飲んだ。)

ルイ【これを、君に。】

千歳「瑠衣・・っ!」

(ケースの中には、桜があしらわれた、小さな指輪が、
入っていた。)

(高価なものでなくとも。 千歳の目には、まるで聖なる樹からこぼれ落ちた花の様に。
きらきらと輝き、眩く。 小さな桜の一輪に。)

(目を開けていられない程。 煌めいて見え。)

ルイ【僕と、結婚してください。】

(驚きと、戸惑いと。 喜びが混ざり。)

千歳「・・・っ。」

ルイ【高価なものを、贈れなくてごめん。】

ルイ【千歳を幸せに出来るように。】

ルイ【一生懸命、頑張る。】

(瑠衣は真剣だった。 千歳は、瑠衣が、この世界で生きることが、
どんなものなのか。 簡単ではないことを、まだ良く知らないと分かっていた。)

(それでも、瑠衣の一途さが痛いほど伝わり、その気持ちが分かった。)

ルイ【誓うよ。】

ルイ【永遠に。 君と。 生きる。】

(それは、瑠衣の国に伝わる。 おまじないの誓いの言葉だった。)

ルイ【カフェも、絵もがんばる。】

ルイ【だから、千歳。 泣かないで。】

(千歳は、いつの間にか泣いていた。)

千歳「・・っ! わぁぁぁ~んっ///;;」

千歳「・・っ!」

千歳「はい。」

千歳「・・わたしもがんばる。」

千歳「・・、よろしくお願いします。」

千歳『瑠衣・・。』

千歳『大好きよ。』

千歳『・・、なのに。』

千歳『どうして、・・。』

千歳『どうして、ずっと。』

千歳『一緒に居てくれなかったの・・?』

***







Chapter101
『8月1日(懐古)』

Section2
『指輪』

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