Section1『花火』
(冷たいソーダを手に、二人は。 大きな緑の樹の下の、
ベンチに腰を下ろした。)
(木陰が心地良く、頭上にはためく、鮮やかな旗や風船が。
優しい風を連れ、座る二人を包んだ。)
■紫苑
「わぁ/// おいしい!」
(紫苑は嬉しそうに、ソーダを飲んだ。)
■紫苑「お散歩カフェ『花』」
■紫苑「可愛い名前ね。 遊びに来て良いって、言ってたね。」
(紫苑は、可愛らしいカップと、お店の看板を見て、
夏樹を覗いた。)
■夏樹「うん。」
(夏樹は、何か考えている様子で。 カップを片手に、まだ口を付けずに、
見つめていた。)
■夏樹「natural cafe『青』(ナチュラルカフェ アオ)」
(夏樹が呟き、紫苑が瞬いた。)
■紫苑「え?」
(夏樹は、首を振り、微笑んだ。)
■夏樹「ううん。 ・・、夢の中で。」
■夏樹「父と母が、カフェを開いてた。」
■夏樹「僕がまだ、生まれる前のことで。 昔の記憶かもしれない。」
(白い指先の中で。 鮮やかな、紫色のソーダが、
小さな泡を弾かせていた。)
■夏樹「(すぅ・・。)」
(夏樹は、目を閉じ、カップの中のソーダの香りに想いを馳せた。)
■夏樹「母が、ラベンダーソーダを作っていたんだ。」
(爽やかな香りと一緒に、弾ける炭酸が、夏樹の肌に当たった。)
■夏樹「(こくっ)・・、おいしい!」
(鼻に届く香りと、喉に染みる冷たさを噛み締め。 夏樹は、目を細めた。)
(こうして、紫苑と並び、ソーダを飲み、夏樹の胸に、想いが湧き上がっていた。)
■夏樹「僕もこんな風に生きられたらって・・、思った。」
(紫苑は、瞳を輝かせた。)
■紫苑「え・・?」
(夏樹はソーダを片手に、穏やかに微笑んでいた。)
(子供たちの声が、行き過ぎる。 家族連れは、幸せそうだった。)
***
■千歳「夏樹には、夢がある?
どんな夢?」
(幼い夏樹の手を、温かな母の手が握っていた。)
(もう、その温もりはない。 深い紺色の瞳が、手の中の、
鮮やかな紫色のソーダに、映る記憶を見つめた。)
(記憶の中の、幼い夏樹は。 戸惑い、母を見上げた。)
■小夏樹「もしも、かなわなかったら・・?」
(母は、穏やかに微笑んだ。)
■千歳「夢は、叶うのよ。 夏樹。」
■千歳「夢はね、形を変えてゆくの。
夏樹が一番望んでいる形に。
一番、幸せになれる形に。
気づいてゆくのよ。」
■千歳「夢は、叶うのよ。 夏樹。」
(母の言葉は、迷いなく。 強く心に残った。)
■夏樹『このまま、僕の命は、消えてゆくのだろうか。』
***
(霧雨が、夏樹の頬を濡らす。 星空を覆い隠す雲が、頭上に立ち込め始めたが。)
(人々の熱気は絶えず。 雨が降らぬことを願う思いと、打ち上げの時を待ちわびる
期待に。 辺りは包まれた。)
■ソラ「夏樹、こっちだ。」
■ソラ「ここから、良く見える。」
(ソラは、遮る物の無い、開かれた場所へ、夏樹を案内した。)
(だが、花火を見ようと、集う人々は増え。 ソラたちは、熱気の中に。
押し合い立った。)
■紫苑「夏樹くん。 ドキドキするね!」
(紫苑は、夏樹の傍に立ち。 人波に押され、夏樹に寄り添い、星空を見上げた。)
(高鳴る鼓動に、つま先立ち、両手を合わせる。 紅潮する頬に、髪がかかる。
熱気に包まれる汗と、小雨の滴が。 髪を頬を。 瞬く睫毛を濡らした。)
■夏樹「うん。」
(夏樹は、皆の喜びの中に、立っていることを感じた。)
■夏樹『聖。』
(夜風は、心地良く。 熱をはらみ。 強く、夏樹を鼓舞する。)
■紫苑「は・・っ。 夏樹くんっ。」
(広場に灯っていた街灯が。 全て消えた。)
(息を飲み、時が止まるような時間。 広場に集う皆が、星空を見上げた。)
(太陽が落ち、夜に変わったばかりの空は、深い紺色に。 雲間にも、星を強く、輝かせた。)
■夏樹『あなたが、僕に、本当の、力の使い方を教えてくれた。
目に見えるものが、すべてではない。』
(紫苑は緊張感に思わず、夏樹のシャツの袖を握った。)
■夏樹「くすっ。」
(夏樹は、微笑んだ。)
■ソラ「時間だ。」
■ソラ「ミイ、し~っ。」
(ソラも、傍で、隠れ行く、星空を見上げた。)
■ミイ「きゃぁっ///」
(ミイは、ドキドキした。)
■春人「3(さん)」
(春人がカウントダウンを開始した。 駆が続いた。)
■駆「2(に)」
■ソラ「1(いち)」
■夏樹『風を、味方につけ。
大切な人を想うのだ。
そうすれば、強い力が出る。』
(ソラの合図を待っていたように。 ポッと、夜空に、炎が瞬いた。)
■夏樹「はっ。」
(夏樹は、息を飲み。 小さな炎が。 夜空に上る、軌跡を追った。)
(花開く、一瞬を、夢見て。)
***
(頬杖をつく、長い指先に。 いくつもの銀の指輪が煌めく。)
(聖は、瞳を閉じ。 静かに、その時を待っていた。)
(その表情は、穏やかで。 一瞬。 この世の苦しみから、解き放たれるようだ。)
(花開くことを待ちわびながら、その時が、訪れなければと、願った。)
***
■夏樹『あなたは、彼女のことを想い続けた。
だから強い。』
(息が止まる一瞬。 夏樹は、見上げる視線の先と、隣り合う皆の体温を感じた。)
■夏樹『あなたは、僕に、居場所をくれた。』
(ミイの表情は輝き、ソラの腕を抱いた。 指さす夜空に、
眩い、花火が。 花開く。)
■ミイ「ああ~~っ!/// ソラ、綺麗っ!」
ドーンッ
(海岸から打ち上がる花火は、大きく。 皆の頭上に、鮮やかに開いた。)
■ソラ「すげーっ。」
(水色の瞳は、輝いた。)
(花火は、音楽とコラボレーションするものだった。 大きな花火の音に、
重なる、心揺さぶられる音楽。)
(強くなる雨に、消えることのない熱気に包まれる。)
■夏樹『ここに居てもいいと、言ってくれた。』
(大きくなる、雨粒が。 深い紺色の髪を、白い肌を濡らす。 感動に包まれ、
立つ紫苑の赤らむ頬に、ベージュ色の髪に、滴が流れたが、もう濡れることも気にならず。
二人は、熱く、燃えるような心を抱き。 雨に、燃え立つ、
鮮やかな花火を見つめ。 濡れる身体で、強く手を取り合った。)
■夏樹『僕は、あなたと。
あなたの残した、FOTの皆のことを想おう。』
■夏樹『そして、あなたが導いてくれた。
僕の友。
そして、君のことを。』
ドーンッ
ドーンッ
(晃は、風見市全体と、海浜公園の結界を見つめた。)
(眩い火花が、海面に散るのを見る。)
(光と葵。 白と剛も、結界の中を注視した。)
***
(鮮やかな花火と、ドラマチックな音楽が、辺りを包む。
強くなる雨を、物ともせず。 人々は、花開く夜空に歓喜した。)
■夏樹「降り始めたね。」
(夏樹は、頭上に、次々と上がる花火を見つめ。 目に焼き付けようと、
大きく開く、深い紺色の瞳に。 雨粒を受け。 隣に立つ紫苑に、振り向いた。)
(紫苑は、雨の中。 夏樹を見上げ、頷いた。)
■紫苑「うん。」
■夏樹『僕は少しずつ、君に触れていたんだろう。
国家機密組織として、
僕は、僕の力を胸に秘めて来た。』
(二人は、手を離さなかった。)
(本降りに成り始める雨が、冷たく打ち付けたが。 離れなかった。
いつ中止になるか、なれば二人の時間は、壊れると思われた。)
■夏樹「終わらないで欲しい。」
■夏樹「花火が、消えないと良いね。」
(紫苑も、同じ思いだった。 強くなる雨が、頬を伝い、髪を濡らす。
お洒落に、カールした髪も、髪飾りも。 雨が台無しにしてしまったが。)
(紫苑は、構わず、微笑んだ。)
ドクンッ
■夏樹『だけど、君の前で、君を守るために、
風を使った。』
***
(人々が、雨雲に隠れる、夜空を見上げる中。 FOTのメンバーは、人々とは反対の方へ。
地上に張り巡らされた、結界の中を。 人々の無事を願い、見つめた。)
***
■夏樹『君の傍(そば)で暮らし。
僕が何を想い、何を願うか。
君は知った。』
***
(議事堂の室内に、最後に残された空席に。 首相である石垣は着席した。
円形に頭上に灯る。 ランプの明かりに、人々の表情は見えない。)
■夏樹『そうやって、少しずつ君に触れ。
僕は、秘密を解き。
僕になったんだろう。』
(議事堂と、対面するように。 異空間の向こうで、聖は、目を閉じていた。)
(鮮やかな花火。 音楽が、止まる時を待つ。)
(互いの存在は、見えなかったが。 張り詰める空気に。 時を待つのは、同じだった。)
■夏樹『もう一度、生まれるような気がした。
僕の命と。 鍵(かぎ)と。』
***
ドクンッ
(人々は、雨の中、喜びに湧いていた。 飛び上がる人々。
両手を、雨に。 負けずに、次々と頭上を染め、花開く花火に。 高く伸ばした。)
■夏樹「・・・。」
(夏樹は、口を開いた。)
■紫苑「ふふっ。」
(紫苑は、微笑んでいた。 強まる雨に、前が良く見えない。
クライマックスを迎える、花火は。 強く、無数に開き。 激しく、雨を割り、
地面を震わせる、打ち上げ音に。)
(互いの声は、届かないように思え。 苦しみや悲しみ、全てのものが、小さくなり。
溶けあうその空気に。 一つになる躍動する命の音と。 喜びに満ちる時の中に。
二人は、皆と共に。 同じ空を見上げた。)
■夏樹『世界に隔たりが無い。
僕はまるで、解き放たれ。
子供の頃から、味わったことのない世界に。
身を置いたようだった。』
■夏樹『まるで
結界の無い場所に。
僕は立っていた。』
(夏樹が、何か言ったような気がして、紫苑は瞬き微笑んだ。)
■紫苑「・・?」
(激しい打ち上げ音に、言葉を交わすことさえ、無理だ。)
(それで、良いように思えた。 夏樹は、微笑み。 味わったことのない感覚に。
間違いなく、生涯で。 忘れられないひと時を。 今に感じた。)
■夏樹「くすっ。」
(大粒の雨に濡れる瞳は、頬は。 赤く染まり。 微笑んでいた。
互いの想いを、上手く言えずに。 持て余す心が、流れ出る。)
(微笑みながら、躍動する時に。 瞳を伝うのは、涙かもしれなかった。)
■夏樹「紫苑さん。」
(最後を飾る、大輪の花火が。 夜空を染める前に。)
(一瞬の、静寂が訪れた。)
(雨粒が、舞い散る花火の火の粉を。 きらきらと反射し、紫苑の瞳を輝かせ。
頬を、髪を。 伝う滴を煌めかせる。)
■紫苑「なあに?」
■夏樹『僕と、世界を。
君とを、隔てるものは、何もない。
僕が、望んだ場所だった。
僕の、夢だ。
僕たちは、同じ場所に、立っていた。』
(静寂は、一瞬で。 紫苑は、その言葉を予期していなかった。)
(僅かな時。 夏樹は、ただの人間として。
初めて、そこに、存在していた。)
(夏樹自身も、そのことを、予期していなかった。)
(ただ、口をついて、形になった。)
(何も、考える余裕は無かった。)
(それが、最後を。 もたらすとは、思いもしなかった。)
ヒュー・・
ババババババッ
ドーンッ
ドーンッ
(紫苑は、驚き。 信じられない表情で。 夏樹を見た。)
■夏樹「君が、好きだ。」
(最後の花火の前、僅かな静寂の中。 聞こえた夏樹の声が、
紫苑を震わせた。)
(紫苑には、もう、何も見えなかった。)
(考えることは出来ず。 ただ、せきを切った様に、あふれ出す心のままに。
夏樹を両手で、抱き締めた。)
■紫苑「・・・っ、・・・っ。」
(雨が、激しく、二人を打った。)
(最後を飾る、大輪の枝垂れ花火が。 頭上に花開く。)
(人々の歓声。 海の上へ、地上へ。 人々の上へ。)
(長く、消えぬように、尾を引く。 枝垂れ花火が。 金色に、二人の頭上に、
降り注いだ。)
ババババババッ
ドーンッ
***
(地響きと共に、黄金色の火花が、暗い夜空を覆いつくした。
何が起きたのか、奇跡的な変化をもたらした出来事は、一瞬で。)
(菖蒲は、驚き。 瞬いた。 雨の滴が、眼鏡にかかり、
金の滴が、視界を覆う。)
■菖蒲「夏樹様・・。」
(菖蒲は、この時を胸に焼き付け。 瞳を滲ませた。)
■ソラ「やったな! 夏樹!」
(ソラは、拳を握り。 雨が。 歓喜する頬を、身体を。 伝う。)
(それは不思議と心地良く。 祝福を受けるように思えた。)
■ミイ「夏樹さんっ/// 紫苑ちゃん・・///」
(ミイは喜びに、叫びたい気持ちを抑え、口元を覆った。)
(佐織も、千波も、チイも。 静乃も、駆も、春人も。 ピュアも。)
(皆が、喜びに包まれ。 二人を見つめた。)
(夜空を明るく燃やす、金の花火の中。 二人は、強く抱き合っていた。)
(強くなる雨が、作る。 水たまりが、眩しく花火を映す。)
(二人の足元と、空。 全ては、金色の滴に包まれていた。)
***
■石垣「“闇化”を開始せよ。」
(石垣の光の無い、灰色の瞳が。 眼鏡の奥で、鋭く前を見た。)
■石垣「これより、“Fragment of Time Project”を始動する。」
(彩は向き合い、口を開いた。)
■彩「“闇化”を起こして。」
***
Chapter102
『8月1日(継承)』
Section1
『花火』
Fragment of Time・・・時の欠片の道しるべ
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