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Novel ストーリー【* Fragment of Time * 時の欠片の道しるべ * 夏樹の物語】

Chapter77 『残像』 77-17


「子供の頃から、一度も撮った事なかったからな。」

「IDカードの小さな写真くらいしかない。」

(夏樹は剥がれ、捲れたキャンバスの切れ端を覗き込み、千切れた白い頬に。
幾重にも重ねられた、深い紺色の油彩絵具の描き出す、瞳を見た。)

「すごいな。 生きてるみたいだ。」

「くっくっ。 これを壊した人は、

よっぽど僕のことが嫌いなんだな。」

「これ、風だね。」

(夏樹は近づき、白い指先で。 割れたキャンバスの右下に差し出された、
白い腕先から、流れ出ている風の軌跡に触れた。)

「はぁ・・っ。 僕じゃなければ、こんなふうには・・。」

(風は、力強く湧き出る様に吹き出し。 中央に立ち、右手を差し出す夏樹の
身体を覆いながら。 まるで触れられるかの様な、白い指先。
指し示す先へ、流れ出ていた。)

(目の前に広がる大きなキャンバスから光の様に輝き出る力は、
引き裂かれていても衰えず。 見上げる二人を照らしていた。)

「・・うっ・・、ひっく・・。」

(ぽろぽろとこぼれ落ちる涙は、両手で幾度拭っても止まらず。
紫苑は夏樹の隣で、堪えようと。 ぎゅっと、右手でスカートを握り締めた。)

「ありがとう。」

『彼女は、覚えていてくれようとしている。』



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